被曝の森 ~原発事故 5年目の記録~ |NHKスペシャル

福島第一原子力発電所の事故によって住民の姿が消えた町で、今異常なことが起きています。イノシシが無人の町の主になろうとしているのです。警戒心が強く夜に行動するはずのイノシシが真昼間から町をのし歩いています。無人の町は、多様な野生動物が繁栄する場と化しているのです。

 

さらに、大量の放射性物質を受け止めた森は今なお手付かずのままです。汚染された森では毎時100マイクロシーベルト以上というホットスポットが見つかりました。森で暮らす生き物たちに放射線の影響は出ているのでしょうか?世界中の科学者たちが研究を続けています。

 

浪江町の山間部の放射線量は毎時10マイクロシーベルト前後です。この森で5年前から調査を続ける研究者が東京大学名誉教授の森敏(もりさとし)さんです。放射線量を可視化することができる特殊なカメラで森の中を撮影すると、地面の線量が特に高いことが分かります。そして、周りに比べひときわ線量が高いホットスポットが森に点在しています。線量計で詳しく数値を調べると毎時110マイクロシーベルトでした。航空機などによる測定では捉えることができないスーパーホットスポットの存在が明らかになったのです。

 

森さんは被曝の森で生き物たちの放射能汚染の実態を調査しています。動植物を放射線に反応する特殊なフィルムで撮影すると、生物に潜む汚染が浮かび上がってきました。2015年9月に採取した浪江町のスギの樹皮を福岡市のものと比較すると、浪江町のものにだけ黒い点や影が写し出されました。降り注いだ放射性物質の粒子がいまだに樹皮に付着しているのです。葉も葉の形にそって影が出ました。植物が放射性物質を栄養分として取り込んだことを示しています。

 

放射性物質のセシウムは栄養があるカリウムと性質が似ているため何の抵抗もなく生物に吸収されてしまいます。虫や動物も調べると、体の中に放射性物質が取り込まれていることが分かりました。イノシシのフンも放射性物質を大量に含んでいました。これほど多くの生き物たちの汚染状況を原発事故の直後から追跡調査するのは世界でも初めてのことです。

 

放射能汚染は森に住む生き物たちの体にどんな影響を及ぼしているのでしょうか?弘前大学の研究チームは原発事故の半年後から被曝の森で調査を続けています。リーダーは細胞遺伝学が専門の三浦富智(みうらとみさと)さんです。体の中からも外からも被曝するアカネズミは影響を受けやすいのではないかと三浦さんは考えました。これまでの調査では、奇形や個体数の変化など目に見える異変は見つかっていません。

 

三浦さんが注目するのは、生物の遺伝情報を伝える染色体。放射線によって切断され異常な形になることがあるからです。こうした染色体が増えていないか見極めようとしています。ネズミの染色体は細胞1個につき48本あるため、異常を見つけるのは根気のいる作業です。三浦さんはこれまで採取された浪江町のネズミから3383個の細胞を取りだし染色体を観察し、それを汚染されていない弘前市のネズミと比較しました。

 

すると、異常の発生率は浪江町のネズミで0.1%、弘前市は0.2%で統計上差がありませんでした。つまり、ネズミは被ばく量が多いにも関わらず、現在のところ染色体への影響は見られなかったのです。しかし、影響がないと言い切るにはさらに数万個の細胞の分析が必要だと三浦さんは考えています。

 

一方、森に接する里山の田畑は草木に覆われ森に覆われようとしています。原発事故によって一切の人の営みが中断されたことで、これまでにない生態系の変化が起きています。

 

福島大学環境放射能研究所の奥田圭(おくだけい)さんは、無人になった住宅街で2年前から野生動物の調査を続けています。住民の許可を得て空き家となった家屋に監視カメラを仕掛けました。床下から顔を出したのはアライグマ。かつてこの地域で生息が確認されていなかった動物です。アライグマがねぐらにしていたのは天井裏。ハクビシンも住みついていました。本来こうした動物は木の幹にできる空洞や岩穴など暗い場所にねぐらを作ります。人が去った住宅がその代わりになっていたのです。

 

そんな中、激増しているのがイノシシです。もともと山を棲み処にしているイノシシは警戒心が極めて強く通常人前には姿を現しません。しかし、ここでは真昼間から町中に姿を現すようになっています。町中で子育てするイノシシもいます。避難区域では地元の猟師が定期的に通い、これまでに8885頭を駆除しました。しかし、イノシシはいっこうに減る気配がありません。

 

放射能汚染の影響を知る上で手がかりとなるのがチェルノブイリです。原発から3km程、地球上で最も放射線量が高い森「赤い森」です。事故直後は極めて強い放射線によって植物が枯れ、多くの動物が姿を消しました。今も毎時200マイクロシーベルト近い放射線量が計測されます。ここでは長年に渡って様々な生物で放射線の影響が研究されてきました。

 

その中で影響がはっきり分かっている植物がヨーロッパアカマツです。真っ直ぐ伸びず横に横に伸びています。大きくねじ曲がったものもあります。これらは放射線の影響による異常だと考えられています。調査の結果、汚染されていない場所の異常発生率は6%ですが、放射線量が高くなればなるほど異常発生率も高くなる傾向がありました。

 

動物でも放射線の影響とみられる異常が報告されています。ツバメです。サウスカロライナ大学のティモシー・ムソー教授は、繁殖に来たツバメを捕獲して1羽ずつ検査してきました。ツバメの異常は尾羽に見られます。両端の長さが異なりバランスが崩れています。安定した飛行がしにくいため生存上不利になると考えられています。3000羽のツバメを調べた結果、汚染がない場所では左右の差は平均1.9mmでしたが、チェルノブイリ周辺では4.9mmの違いがありました。

 

さらに、繁殖能力を確かめるため精子の分析もしています。非汚染地のツバメの異常の割合は2.7%(17羽の平均)でしたが、チェルノブイリ周辺では21.7%(19羽の平均)でした。

 

ティモシー・ムソー教授は、福島第一原発の事故の後、毎年避難区域を訪れ日本野鳥の会と共にツバメの調査を行っています。しかし、日本では研究者が少なくツバメを捕獲して行う調査が進んでいないため、異常の有無を判断するほどのデータを集められていないのが現状です。

 

一方で、ツバメが放射性物質で汚染されている証拠が見つかっています。避難区域で見つかったツバメの死骸を放射線に反応するフィルムで撮影すると、内臓に濃い反応が浮かびあがりました。虫などの食べ物を通じて汚染されたと考えられています。

 

チェルノブイリで異常が報告されたアカマツについても比較する調査が始まっています。チェルノブイリで1000本以上の松を調べてきた福島大学環境放射能研究所のヴァシル・ヨシェンコ特任教授は、福島の汚染地帯で同じ現象がみられると言います。毎時7マイクロシーベルト前後の場所では、約40%の松に異常が見つかりました。

 

東北大学の福本学(ふくもとまなぶ)教授は、ニホンザルの被ばくの影響を調べるため有害駆除されたサルの太ももの筋肉を測定しています。筋肉には放射性物質のセシウムが蓄積されやすいからです。すると1kgあたり1万3000ベクレルという結果が出ました。福本さんが調査しているのは避難区域とその周辺に暮らすサルです。甲状腺など20以上の組織について詳しく分析しています。

 

その中で今、福本さんが特に注目しているのが骨髄です。2014年1月に捕獲されたサルの骨髄は血球を作る細胞がほとんどなく脂肪ばかりでした。9匹の骨髄を精密に解析した結果、セシウム濃度が高いほど白血球を作る細胞の数が少ない傾向がみられました。ただし、まだサンプル数が少なく被ばくの影響かどうかは分かっていませた。また、今のところ白血病など血液自体の異常は見つかっていません。福本さんは今度、数十年に渡って分析を続ける必要があると考えています。

 

「NHKスペシャル」
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