お米エタノール 無農薬米から生まれたオーガニック製品|夢の扉+

TBSテレビの「夢の扉+(ゆめのとびらプラス)」で無農薬米から生まれたオーガニック製品について放送されました。米を食べること以外で活用し社会問題を解決しようという取り組みがあります。仕掛け人は農業とは縁もゆかりもなかった一人の女性。ファーメンステーション社長の酒井里奈(さかいりな)さんです。驚きの力を持つコメは雑草がぼうぼうに生えた田んぼから生まれます。酒井さんが日本古来の技術でコメから作ったモノは環境にも体にも優しく地方を元気にするパワーが秘められています。

 

舞台は日本有数の米の産地である岩手県奥州市。無農薬のため草ぼうぼうの田んぼで育っているのが夢のコメ「つぶゆたか」です。その名の通り実る粒の量が一般のものの1.5倍もあります。そして、もう一つの特徴が食べられないコメだということ。コメ作りを制限する減反政策により主食用のコメを作れない田んぼが日本には沢山あります。そんなコメ農家を救う切り札になるという食べられないコメ。一体コメを食べずにどうするのでしょうか?

 

つぶゆたかから作られるのはエタノール。燃料として使うのではなく化粧品や日用品の原料にするのです。お米のエタノールには肌の潤いを保つと言われている成分が入っています。また香りも特徴的で良い香りがするそうです。お米エタノールはオーガニック化粧品になるのだそうです。また化粧品だけではなく地産地消の循環システムも生み出しました。お米エタノールを精製したさいの残りカスは鶏のエサに活用されています。発酵したエサで育った鶏の卵は黄身が色鮮やかで白身は分厚く新たな特産になりました。鶏の糞は堆肥となって田んぼに返されます。無駄がなく全てが一地域で循環しています。この仕組みが雇用も生み出しました。これが今、地方創生のモデルとして注目を集めています。

 

実は酒井里奈さんの自宅は東京です。子育てで忙しい合間に岩手まで遠距離通勤しているのです。生まれも育ちも東京の酒井里奈さんがなぜ奥州市に通うことになったのでしょうか?大手銀行で総合職だった酒井里奈さんはあるときテレビでバイオエタノールを生ごみから作る技術を知り心を奪われました。銀行をすっぱり辞めるとバイオエタノールの研究をするため32歳で東京農業大学に入学。決断の理由はかつて銀行の仕事を通じて知り合い感銘を受けた人たちの生き方でした。社会問題を解決するために一生懸命働く魅力的な人を沢山見てきたのだそうです。そして2009年、奥州市から大学に「コメから燃料を作りたい」と依頼が。それはコメを作りたくても作れない農家からのSOSでした。こうして酒井里奈さんが岩手に通う日々が始まりました。市の予算がおりる実証実験の期間は3年。それまでにエタノールを完成させ事業化への道筋を作ることが酒井里奈さんの任務でした。農家がコメを作り酒井里奈さんが実験を繰り返すこと2年、ついに濃度99%以上のエタノールをコメから作り出すことに成功しました。

 

しかし、製造コストという大きな問題がありました。燃料の場合、1リットル100円を切らなければ事業化は見込めませんが、お米エタノールの製造コストは1リットル1万円以上。この頃、国が主導でコメからバイオエタノールを作る事業も進められていました。しかしそこでもコストの壁にぶつかり頓挫。それでも酒井里奈さんはあきらめませんでした。エタノールは燃料だけでなく化粧水や香水、シャンプーなどの原料に使われています。そして虫が嫌う天然成分を配合し敏感肌や子供でも使えるスプレーを開発。やがて化粧品の原料に使いたいと様々なメーカーから注文が入るように。こうして酒井里奈さんと農家たちの二人三脚により次々と生まれた奥州ブランド。これらの取り組みで酒井里奈さんは地域イノベーション賞を受賞。奥州市はいまや農村の星として注目されています。




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