母が重たい|あさイチ

NHK総合テレビの「あさイチ」で母が重たいが放送されました。

 

母に言われて嫌だった言葉は?

1位:あなたのためだから
2位:なんでできないの
3位:私の言うことを聞いていればいいの
4位:あなたには幸せになってもらいたいから
5位:いつまでも面倒見てね

 

完璧主義の母に育てられて…

夫と子供と3人で暮らす30代の彩さん(仮名)は近くに住む母と週に数回は会いますが、幼い頃の思い出のせいで複雑な思いを抱えています。母は完璧主義で物心ついた頃からいつも怒られてばかりでした。テストで99点をでも怒られ、満点をとっても褒められることは一切ありませんでした。勉強だけでなく習い事でも一緒。いつしか母の顔色を伺うのがクセになってしまいました。そんな母でしたが、私が中学生になるともう一人前なんだからと急に怒らなくなりました。それでも母のことばかり考えていました。それから20年、いまでも母の顔色を伺う癖が抜けません。母の呪縛から逃れられないのです。

 

インナーマザー

大人になっても心の中で自分を強く支配する母親の残像のことです。

 

母の愚痴が積もり積もって…

夫と二人で暮らす50代のあかりさん(仮名)は実の母とはほとんど連絡を取っていません。母は家事を完璧にこなす主婦の鏡のような人でした。子供の頃から親子の中は良く、特に私が大学生になってからは何でも話せる間柄になりました。話す内容のほとんどは夫、つまり私の父のことでした。こうした会話は私が社会人になってもほぼ毎日続きました。愚痴にうんざりしてやめてほしいと伝えたこともありましたが、いっこうにおさまりませんでした。30代になり私は結婚して親元を離れました。やっと母から開放されると思ったのですが、電話がかかってくるように。父への愚痴は長い日では1日4時間も聞かされることも。ちょうどその頃、夫の母が倒れ介護が始まり、私はうつ病と診断されました。2年後、介護も終わり病状も回復すると思われましたがいっこうに良くなりませんでした。不思議に思った私は病院へ。母親のことが原因だったと気づいたのです。それ以降、母には悪いと思いつつ着信拒否をすることに。母との距離をとった今、病状は回復に向かっています。

 

母と向き合う ある女性の模索

30代の朋子さん(仮名)は2年前から実家を離れて暮らすことにし、母との交流を一切断ちました。さらに精神的にも母の呪縛から逃れたいとカウンセリングを受け始めました。そうする中で母が変わるのを期待するのではなく、自分が変われば良いと思うように。自分自身が変わった今なら、母と向き合えるかもしれないと、2年ぶりに母に会いに実家へ向かいました。しかし、本音を語り合うことは出来ませんでした。それでも以前より母が重たいと感じなくなっている自分に気づいたと言います。