大村智さん 微生物から薬を生み出せ!|サイエンスZERO

大村智(おおむらさとし)さんは、アフリカなどの風土病に対する特効薬の開発に大きく貢献。これまで10億人もの人々を病魔から救ってきました。

 

その特効薬を作るさいに欠かせないのが微生物。微生物からどのようにして特効薬が生まれたのでしょうか?

 

 

微生物から薬が生まれる不思議

イベルメクチンの元となる物質を作る微生物は、ストレプトマイセス・アベルメクチニウスです。イベルメクチンの元となる物質は今のところ、この微生物以外からは見つかっていません。イベルメクチンはこの微生物からどのようにして作られるのでしょうか?

 

カギとなるのは、微生物が持っているたんぱく質の一種である酵素。微生物は栄養分を吸収し、分裂して増えていきます。このとき働くのが酵素。酵素は栄養分を分解し化合物を作り出します。このうちアミノ酸など自らの成育に必要なものは一次代謝産物。それほど重要でないものを二次代謝産物と呼びます。

 

この二次代謝産物は微生物に独自のものが多く、これこそが薬の元なのです。微生物は酵素の宝庫です。独自の酵素によって独自の化合物を作り出します。中でも酵素を多く持っているのが放線菌と呼ばれる種類の微生物。

 

ストレプトマイセス・アベルメクチニウスも放線菌の一種です。この微生物が作り出す化合物がエバーメクチンです。イベルメクチンはこの分子構造の一部を変えて誕生しました。

 

微生物の作る化合物が効くメカニズム

実は、細菌に効く化合物と寄生虫に効く化合物ではメカニズムが異なります。細菌に強い抗菌作用を持っている代表がβ-ラクタム系と呼ばれる化合物です。

 

実は、ベータラクタム系の化合物の多くは細菌が細胞壁を作るさいに利用する化合物と構造がよく似ています。そのため、β-ラクタム系の化合物を投与すると細胞壁を作る化合物がブロックされ、細胞壁を作ることが出来なくなってしまうのです。その結果、細菌は増殖することが出来なくなります。世界初の抗生物質ペニシリンをはじめ、当時多くの抗生物質がベータラクタム系の化合物でした。

 

一方、大村智さんが開発に貢献したイベルメクチンは、ベータラクタム系ではなく細菌には効きませんが寄生虫にはダメージを与えることができます。寄生虫は、神経の信号を伝達するさい神経細胞から神経伝達物質を送っています。そのさい、鍵となるのが神経細胞の周囲にあるイオンです。

 

正常の神経伝達の場合、細胞から神経伝達物質が送られるとイオンの通り道が開き、入ってくるイオンの電気刺激を受けて神経伝達が行われます。イオンの通り道はらせん構造をしています。実はイベルメクチンの大きく複雑な分子構造は、らせん構造の間にぴったりはまり神経細胞に食い込むため、イオンの通り道が開いたまま固定されてしまいます。そのため細胞内は常にイオンで満たされ正常な神経伝達が行われなくなります。

 

すると、神経に麻痺が起こり、やがて死滅するのです。こうしてイベルメクチンは寄生虫の特効薬となったのです。

 

全ゲノム解読で解明!化合物ができる仕組み

栄養分によって様々な酵素が働き化合物を生み出す微生物。もし一つの微生物が持つ遺伝情報が全て分かれば、その微生物がどんな化合物を作る能力があるのか分かるのではないかと考えた大村智さんは、自らが発見したストレプトマイセス・アベルメクチニウスの全ゲノム解読を目指すことにしました。

 

1999年、様々な研究機関を横断した研究チームを立ち上げました。その生物の全ての設計図を手に入れるとも言われる全ゲノム解読は、遺伝子の中にある塩基対を全て明らかにしていくというものです。

 

当時、全ゲノム解読されていたもののほとんどは、塩基対の数が500万以下だったのに比べ、ストレプトマイセス・アベルメクチニウスは900万ほど。これを読み解くことは技術的に非常に困難なことでした。イベルメクチンの特許収入など約9億円をつぎこんだプロジェクトでしたが、解読は900万という塩基対の多さに行く手をはばまれ、困難をきわめました。

 

解読作業は2年半に及び、ついに全ゲノムの解読に成功。まず、ゲノムを解析したことでエバーメクチンが主に4つの酵素の働きによって生まれていたことが明らかになりました。それまで、この微生物は5種類の二次代謝産物を生み出すことが知られていましたが、全ゲノムを解析したことで30種類以上もの二次代謝産物を生み出せる能力があることが明らかになりました。

 

「サイエンスZERO(ゼロ)」
祝!ノーベル賞(1)
大村智さん 微生物から薬を生み出せ!

この記事のコメント