ドナルド・キーンの日本 日本文学を世界へ|ETV特集

NHK・Eテレの「ETV特集」で戦後70年企画 ドナルド・キーンの日本 前編 日本文学を世界へが放送されました。ドナルド・キーンさんは4年前にアメリカから日本に永住し、東京で暮らしています。93歳の今も食欲旺盛で仕事への意欲も全く衰えていません。日本文学の研究をする傍ら、その魅力に気づいて欲しいと全国に足を運んでいます。ドナルド・キーンさんがこれまで英語に訳した日本の文学は40を超えます。さらに解説書なども加えると100冊以上。世界に日本文学の魅力をアピールし続けてきました。2008年には文化勲章を受章。日本文学の研究に注いだ情熱と卓越した力量が高く評価されました。その3年後に起きた震災をきっかけに日本に帰化しました。なぜ、ここまで日本のことを考えるようになったのでしょうか?

 

ドナルド・キーンさんは1922年、アメリカ・ニューヨークで生まれました。幼い頃は日本とは無縁でしたが、文学を愛する下準備はあったようです。16歳の時に飛び級でコロンビア大学に入学。ここから日本との接点が生まれていきました。ドナルド・キーンさんは「源氏物語」の英訳を18歳の時に偶然見つけました。しかし1941年12月、太平洋戦争が開戦。ドナルド・キーンさんはアメリカの海軍に日本語学校があると聞いて入学。そこで11ヶ月間、日本語を勉強。日本語学校を終えると日本軍から手に入れた文書の解読にあたりました。その後、戦場に送られました。激戦地アッツ島で日本人へのイメージは一変しました。多くの日本兵が自決していたのです。しかしハワイに戻ったドナルド・キーンさんは全く異なる日本人の側面を知ることに。死んだ日本兵から回収した日記です。日々の出来事や率直な気持ちが記された数々の日記に釘付けになりました。そこには「戦地で迎えた正月。13粒の豆を7人で分けささやかに祝う」と書かれていました。豆を分け合う一方で自ら死を選ぶ日本人。日本人をもっと知りたいと思うようになったのです。

 

1953年、ドナルド・キーンさんあ京都大学に留学。伝統芸能を学ぶなど日本とは何かを探り続ける中で交友関係も広がっていきました。特に親しくなったのが後の文部大臣・永井道雄さん。ドナルド・キーンさんは永井さんの紹介で出版社の編集者と知り合い、そのことが後の文豪たちとの出会いに繋がっていきました。

 

日本での留学を終えたドナルド・キーンさんはアメリカに帰国。そして日本文学の研究をする拠点となったのがコロンビア大学です。

 

ドナルド・キーンさんが世界にアピールしていたのは文学にとどまりませんでした。日本人とは何か?について伝えようとしていたのです。ドナルド・キーンさんの著書「LIVING JAPAN(生きている日本)」では日本人ならではの生き方、風習、宗教、産業、笑いなどについて詳細な解説をしました。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。コメントは管理人の承認後に表示されますのでしばらくお待ち下さい(スパム対策)