SFは何を夢見るか?|ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱ

NHK・Eテレの「ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱ」でSFは何を夢見るか?が放送されました。日本のSFの夜明けは戦後間もない混乱と共にやってきました。第二次世界大戦終結後、アメリカによる占領政策と共に新しいカルチャーが劇的に流れ込んできました。このとき大衆に広まっていったのが空想科学と呼ばれるSFです。H・G・ウェルズの「タイム・マシン」や「宇宙戦争」、ジュール・ヴェルヌの「海底二万マイル」など海外の大人向けSF小説が日本では主に児童向けに翻訳されました。子供たちは宇宙や未来世界など想像を超えたストーリーに目を輝かせました。こうした中、日本独自のSFカルチャーを切り開いた男が手塚治虫です。少年博士がロケットで宇宙へ旅立ち古の世界に到着する「ロストワールド」、人造人間がロボットたちを率いて人間社会に反乱を起こす「メトロポリス」、核実験の影響で生態系が破壊され地球最後の日がせまってくる「来るべき世界」手塚治虫のSF三部作と呼ばれる作品は人間と科学の関係を描いた傑作です。1957年、ソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功。続いて1961年には人類初の有人宇宙船ボストーク1号が打ち上げられました。皮肉にも冷戦は科学技術発展の一つの原動力となりました。ロケットや人工衛星のニュースに人々は興奮し、日本し宇宙ブームに沸きました。そんな中の1963年、日本初の連続テレビアニメ「鉄腕アトム」が放送されました。大ヒットを記録し翌年にはアメリカでも放送されました。ロボットに人間のような感情を見出す発想は欧米にはありませんでした。

 

1960年代はカラーテレビ、クーラーなど電化製品が急速に普及。昨日より今日、今日より明日、人々は明るい未来を信じていました。そして1963年、「鉄腕アトム」と時を同じくして特撮SF企画が生まれました。企画者は円谷英二。後に特撮の神様と呼ばれる男です。タイトルは「WOO(ウー)」と名づけられました。故郷を失った宇宙生物ウーが宇宙を漂流して地球にたどり着き、地球人と仲良くなり何事件を解決していきます。しかし契約トラブルなどで撮影が困難になり製作中止に。幻の作品となってしまったのです。そして「WOO」の企画から数年、円谷とSF作家たちの思いが叶うことに。1966年の「ウルトラQ」です。夜7時のゴールデンタイムに怪奇現象と怪獣がお茶の間を席捲。ストーリーには当時の世相や社会問題、人々の関心が反映されていました。日本のSFカルチャーは得意分野である漫画、アニメ、特撮と共にブレイクし独自の発展を遂げていきました。

 

1969年にアポロ11号が月面に到着。人々の宇宙や科学に対する好奇心は最高潮に達しました。1970年、大阪万博が開催され人類の進歩と調和をテーマに掲げました。総入場者数は6421万8770人を記録しました。


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