意外と知らないハトの話|地球ドラマチック

ハト(ドバト)は都市の風景に溶け込んでいます。道で食べ物をついばみ電線や建物の上に並んでいます。人がハトに注意を払うのは糞による汚れなど、多くの場合やっかいものとしてです。

都市で邪魔物扱いされているハトですが、優れた能力があることや歴史的に人間の役に立ってきたことはほとんど忘れられています。

都市の厳しい生息環境

都市にいる鳩は厳しい環境の中で生きています。常に食べ物が不足しているのです。生き延びるためハトは毎日食べ物探しに明け暮れています。

巣を作るつがいになり子供をもうけるハトはごく一部です。ほとんどは飢えや寒さが原因で若いうちに死んでしまいます。毎年、ハト全体の35%が死ぬとみられています。

人の顔を見分ける?

多くのハトはペットと同様、食べ物を人間に頼っています。ペットと違うのは毎日確実にエサをもらえる保証がないことです。エサをもらうためハトは人間の行動を観察し、エサをくれそうな人のもとに集まります。

ハトは人の特徴を記憶し遠くからでも見分けることが出来ます。定期的に餌をくれる人を待ち続け、その人がやってくるとエサを見せなくても気づきます。

ハトはまず歩き方で人を見分けます。毎日餌をくれるような人なら1.5km以上離れた場所から見分けることができます。

ハトは餌をくれた人だけでなく嫌がらせをした人を記憶し見分けることもできます。

食べ物は平等に

常に飢える危機に直面しているハトは、それぞれに縄張りをもうけ得られる食べ物の量に応じて住み分けをしています。どのハトも同じ程度の食べ物を確保できるよう散らばって生息しているのです。

ある場所でハトの生息数を数え一羽のハトがどの程度の食べ物を得られるかを計算してみます。すると、食べ物の割り当て量はどんな場所に生息しているハトでもほとんど同じであることが分かります。

例えば、ある公園に他の公園の2倍の食べ物があったとしましょう。すると、そこに生息しているハトの数も2倍です。食べ物が5倍ならハトの数も5倍になります。ハトは餌の割り当てが同じになるよう行動しています。食べられる餌の量はどのハトも同じなのです。

もし3倍の餌を与えても3倍のハトが集まるだけで、今いるハトにより多くの餌を与えることにはなりません。

多くの餌を定期的に与えれば他の場所からハトを引き寄せることになります。むやみに餌を与える行為はハトの分布に影響を与えるだけになってしまいます。それぞれのハトに多くの餌を与えようとしても無駄だということです。

食べ物の量によって動物の分布状況が変化する現象は、海の魚や森の鳥など他の動物にも広く見られるものです。

魔法のミルク

つがいになったハトは巣を作り卵を産みます。春から夏にかけての繁殖期には平均で1ヶ月に2個卵を産みます。オスとメスは交代で卵を温めます。ハトの寿命は約3年です。

ハトが巣を作るのは強い風を避けることが出来て猫や他の鳥が近づきにくい場所です。ハトの繁殖能力は高く、全世界の生息数は約4億と推測されています。ハトは面倒見の良い動物で、夫婦や親子の間には強い絆があります。

ハトのつがいは一夫一妻に近いですが、オスは浮気性でクゥクゥという求愛の鳴き声をいつも出しています。ハトはオスとメスを見分けられないため、誰かれ構わず求愛の声をかけているのです。

ハトの両親は喉からピジョンミルクと呼ばれる液体を出しヒナに与えます。哺乳類の母乳に近いものですが、メスだけでなくオスも出せるのが大きな違いです。大人のハトはほとんどなんでも食べてピジョンミルクを作り出します。ハトは味を感じる器官が非常に少ないため、食べ物をより好みしません。

孵化したばかりの時は頼りないヒナも、栄養豊富なピジョンミルクのおかげで一日半で体重が2倍になります。ハトの成長の速さはあらゆる脊椎動物の中でもトップクラスです。ピジョンミルクは、ハトの速い成長と高い繁殖能力に大きな影響を与えていると考えられています。

生後3週間でヒナの体は羽毛に覆われ大人の姿に近づきます。4週間経つと羽毛が生えそろい体重も最大になります。大人のハトに生えている羽毛は約1万本です。

40キロ先まで見える!

子供のハトが巣から飛び立てるようになると、オスが面倒を見ます。メスは次の産卵で忙しいからです。オスは子供を連れて飛び回り、食べ物を得られる場所を教えます。

多くの危険を避けながら食べ物を探し出すためにハトは様々な能力を発達させてきました。そのひとつが約40km先まで見えるといわれる視力です。

スローモーションのように

単に遠くを見られるだけでなく、車などの物体がどう動くかを正確に推測し、ぶつかるのを回避できる優れた能力があります。ハトは正面だけでなく周辺部もよく見ることができます。

正面の視野と周辺部の視野を司る神経は、それぞれ脳の別の部分につながっていて情報を素早く処理できるようになっています。そのため車に轢かれたり犬や猫につかまったりする危険を事前に回避することができるのです。

人間と比較した場合、ハトには全ての動きがスローモーションのように見えると考えられています。人間にとっては速い車の動きもハトの目にはもっとゆっくりとした動きに見えます。そのため車も難なくかわすことが出来るのです。

ハトから見た景色

地上から飛び上がる時、あるいは急に動きを止める時、ハトは翼をうちならし空気を圧縮して推進力を生みだします。ハトの飛行速度は最大で時速150km近くになります。

優れた視力は空の上でも役立ちます。ハトは視野が広く、背後の大部分を見ることができます。そのため、ハトを獲物として狙う鷹や隼が近づいてきてもすぐに気付くことが出来るのです。

危険を察知するとハトは空中で群れを作り、敵が標的を一羽に定めにくくします。また敵に追跡されると、突然地上に向かって真っ逆さまに落ちる危険な飛び方をして敵を振り切ることがあります。

頼れるメッセンジャー

ハトはとても賢い鳥で、教えればアルファベットを認識できるようになります。座礁した船を遠くから見つけることも出来ます。

かつてハトは戦争のさいに重要な手紙を運ぶ役割を果たしました。緊急に必要な薬を病院に届けたり、ウォール街の投資家が密かに連絡をとるためにハトを活用したこともあります。いわゆる伝書鳩です。

まず互いが飼っているハトを交換し、連絡をしたい時はハトの足に手紙をつけ空に放ちます。すると、ハトは元の小屋に戻るため手紙が届けられるのです。

人命を救ったことも

ハトは歴史上の記録にも登場します。5000年前のメソポタミアの石版や古代ローマのユリウス・カエサル、モンゴルのチンギス・ハンなどを描いた絵に伝書鳩が登場し、最初のオリンピックの結果もハトが届けました。

1918年、第一次世界大戦の戦場でアメリカの部隊が誤って味方から攻撃を受けていました。部隊は攻撃をやめさせるため3羽の伝書鳩にメッセージをつけて放ちました。そのうち2羽は撃ち落されましたがシェールアミという最後の1羽は片足を失う大怪我を追いながらもメッセージを届けました。メッセージを受け取ったアメリカ軍はただちに攻撃をやめました。こうして伝書鳩のシェールアミは194人の兵士を救ったのです。

現在、街中で見かけるハトは元々人に飼われていたものの子孫です。20世紀初め、人々はハトを飼うことに興味を失い、多くのハトを空に放ちました。自由になったハトは主に都市部に住むようになりました。野生のハトは海辺の崖などに生息します。それとよく似た環境がビルが立ち並ぶ都市に多いからでしょう。

今では伝書鳩もほとんど利用されなくなっていますが、ハトの優れた能力にかわりはありません。

なぜすみかに戻れるのか?

ハトは全く知らない場所に放しても住処に戻ってくる能力があります。ハトが迷うことなく元の場所に戻ってくる秘密は長年に渡って研究されてきました。ハトが帰る方向を知る能力については、いくつかの説があります。

ハトは地磁気を感じ取る能力によって自分が今いる場所や元いた場所を知ることが出来るという説があります。また嗅覚を利用して見知らぬ場所から戻ってくるという説も有力です。

心理学者ヴァーン・ビングマンの実験によると、ハトが帰る方向を見つけられるのは嗅覚のおかげのようです。ハトは様々なニオイが空中にどう拡散するのかを理解できるのだと考えられています。

匂いで帰る!?

ニオイは空気中にでたらめに広がるわけではなく、風の状態などに従って規則的な広がり方をします。

そこでハトは初めて連れて来られた場所のニオイを元の場所と比較します。その比較によってハトは自分がどちらの方向に連れて来られたのかを判断します。そして、元の場所との位置関係が確認できたら後は目標に向かって真っすぐに飛んで行くのです。

ダーウィンも注目!品種改良

人間は昔から伝書鳩として活用するためハトを飼いならしてきましたが、実用目的ではなく観賞用の飼育も盛んに行われてきました。王族、著名人から一般の人々にいたるまでハトの愛好家は数多くいます。

観賞用に品種改良されたハトは、チャールズ・ダーウィンの進化論にも登場します。自然環境に最もよく適応したものが子孫を増やし栄えていくという自然選択説の説明に使われているのです。

チャールズ・ダーウィン

進化について研究していたダーウィンは、ハトを観察するうちに多くの品種があることに気づきました。ハトの豊富な品種はダーウィンが進化論を生み出すためのヒントになりました。

レースに出場!

ハトはレース用にも飼育されています。ハトのレースは競馬ほど一般的ではありませんが関係者の熱気では引けをとりません。

レース用のハトは優秀なものになると1羽、数千万円で取引されます。レースに勝つには頭が良く方向感覚の良いハトが必要です。見た目も大切です。競馬の馬と同じで、みな速くて美しいハトを求めます。

カナダのオンタリオ州では週末ごとにハトのレースが行われています。同じ場所から一斉にスタートしますが、ゴールはそれぞれのハト小屋です。ゴールまでの時間と飛行距離を計測し、平均速度が最も速いハトが勝利します。

病気の研究に一役

かつては伝書鳩として活躍したハトですが、今は違う分野で活用されています。ハトはネズミと同様に学習や認識の動物実験にしばしば使われているのです。

年老いた鳩の中には人間と同じように認知機能が衰え、自分の居場所が分からなくなるものがいます。そのためアルツハイマー病の研究ではハトが重要な役割を果たしています。

人間は何千年にも渡ってハトと密接な関係を築いてきました。情報の伝達、娯楽、科学実験。しかし、ハトの重要性が広く理解されているとは言えません。

優れた能力にも関わらず、ハトは世界中の街角で食べ物探しに明け暮れています。都市に住むハトはほとんどの場合、食べ物を人間に依存しています。犬や猫と似た立場ですが決まった家はありません。

THE SECRET LIFE OF PIGEONS
(カナダ 2014年)

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意外と知らないハトの話

この記事のコメント

  1. 匿名 より:

    素朴な疑問ですが、「約40km先まで見えるといわれる視力」とはどういう事でしょうか?
    鳩は40km先に置いてある小さな目印を見分けられるということでしょうか。

    それとも単純に40km先にあるものが見えるというという事でしょうか?しかし人間も149,600,000 km離れた太陽を見えますが、人間の視力が149,600,000 kmという言い方はしませんよね……。