帰ってきた珍鳥ヤツガシラ~アルプスを越えて~|地球ドラマチック

ヤツガシラは、毎年春になると繁殖のためアフリカからヨーロッパまで8000kmを旅します。かつてオーストリアでは多くのヤツガシラが生息していました。しかし、今環境の変化によって絶滅が危惧されています。

 

オーストリア北東部のバーグラム地方は、ワイン作りが盛んな地域です。深い森に覆われていたこの土地を、人々は長い年月をかけて切り開きブドウ畑や農園を作ってきました。さらに、農業技術の発達によって、この50年余りの間に風景は大きく変わりました。バーグラム地方の土地は、大規模な農地に生まれ変わったのです。

 

1950年代まで、ヤツガシラはヨーロッパ各地に生息するごく普通の鳥でした。しかし、農業の近代化が進む中で、ヤツガシラの繁殖地は激減。オーストリアでは今もっとも絶滅が危ぶまれています。

 

ヤツガシラは、昔から農家の納屋に巣を作ってきました。しかし、こうした納屋は姿を消しつつあります。巣作りに使われるブドウの木を支える支柱や、枯れて朽ちかけた木の穴なども同じです。木は枯れたらすぐに切り倒され、支柱は木製から金属製に変わったからです。さらに、農薬が虫などのヤツガシラの食糧を奪っています。ヤツガシラが巣を作る場所も食糧も大幅に減っているのです。

 

大工のマンフレート・エッケンフェルナーは、幼い頃にヤツガシラに魅せられ、ヤツガシラを呼び戻すには巣箱を置くのが一番だと考えています。マンフレートは、この10年で400個以上の巣箱を取り付けました。おかげでこの地域に生息するヤツガシラの数は回復しつつあります。ヤツガシラの行動を詳しく知るため、マンフレートはいくつかの巣箱にカメラを設置しています。

 

今、バーグラム地方はヤツガシラの貴重な生息地です。ヤツガシラの生殖密度と繁殖率が他のどこよりも高いのです。ヤツガシラは深い森には滅多に近づきません。開けた土地を好むからです。ヤツガシラは人が切り開いた耕作地で繁殖します。野生の草花や昆虫でいっぱいの草原は、人の営みによって生み出されました。かつて牛や羊が放牧されていた土地は、現在農地になっています。農地にいる昆虫はヤツガシラにとって大切な食糧です。

 

ヤツガシラが生息するには人の力が必要なのです。バーグラム地方では最近、有機農法を行うワイン生産者が増えています。ヤツガシラはいわゆる害虫を食べてくれるため歓迎されています。

 

ヤツガシラは、1年のほとんどを単独で過ごします。しかし、繁殖の時だけはオスとメスが協力しあい新たな命を育みます。卵を温めるメスに食糧を運ぶのはオスの役割です。ブドウ畑の下草はヘビにとってかっこうの住処です。

 

クスシヘビはヨーロッパに生息する最も大きなヘビの一つです。大きいものは2mにもなります。オーストリアでは絶滅の危機にひんしています。クスシヘビはヤツガシラの巣箱にも簡単に侵入します。クスシヘビはネズミやトカゲ、鳥を獲物にしています。卵も大好物です。ヘビは口を大きく開けてヤツガシラの卵を丸のみします。

 

かつて、バーグラム地方は海に覆われていました。やがて海は後退し、砂地が残されました。この地域には厚さ20mの砂の地層があります。砂の崖はヨーロッパハチクイの住処です。ヨーロッパハチクイもヤツガシラと同様にアフリカから渡ってきて繁殖のためここで夏を過ごします。ハチクイは足で崖を削り奥行が2mもある穴を掘ります。ここで子育てをするのです。

 

5月の終わり、ヤツガシラのヒナが誕生しました。ヒナは生まれてから12時間後には柔らかい産毛に覆われます。ヤツガシラのヒナは成長が早く、1ヶ月もしないうちに羽が生えそろい巣立つ準備が整います。母親は餌が公平に行き渡るよう気を配ります。ヒナは母親の関心を引こうと競い合い、より大きくて強いヒナが兄弟を押しのけます。父親はヒナを育てるため懸命にエサを運びます。

 

7月の初め、巣立ちの時がやってきました。1羽目が巣立つと兄弟たちも競うように巣立っていきました。新しい世界に飛び立った子供たちは、来年まで巣箱に戻ることはありません。

 

ヤツガシラには、一目でわかる特徴的な羽があります。飛び方も独特です。羽を大きく羽ばたかせて高度を保ち滑空するように飛びます。大きな蝶が飛んでいるようにも見えます。速さは時速40kmにもなります。しかも、低空を障害物をすり抜けながら速度を落とすことなくジェットコースターのように飛びます。

 

ヤツガシラは、冬の間は食料のあるアフリカで過ごします。しかし、アフリカには子育てができるほどの食料はありません。そこで、3月の初めに生まれ故郷のヨーロッパに向けて長い旅に出るのです。

 

RETURN OF THE HOOPOE
(オーストリア 2012年)

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