ストーカー殺意の深層|NHKスペシャル

今、全国でストーカーによる凶悪な事件が相次いでいます。被害は過去最悪の年間2万件を超えました。規制や取締りの強化にも関わらずおさまる気配はありません。この3年で命を奪われた被害者は14人にのぼります。

悲劇を防ぐにはストーカーの心理に迫り犯行を未然に防ぐしかありません。

ストーカーの危険度

相手が拒否しているにも関わらず付きまといなどを繰り返すストーカー。世界の専門家の間では危険度が3つに分類されています。

1.リスク

「やり直したい」などと相手にすがり、今後行為がエスカレートする恐れがある。

2.デインジャー

相手の拒絶によって怒りが芽生え攻撃性を増す。この段階までは警察の警告によって8割は行為がおさまると言います。

3.ポイズン

人の命を奪いかねない。ここまで来ると警告や逮捕も抑止にならなくなります。

加害者の心理に迫る

20代の男性は、知人の女性へのストーカー行為を繰り返し「殺す」というメールを送って警察に逮捕されました。このままでは事件を起こすのではと心配した母親に、ストーカー問題に取り組むNPOヒューマニティ理事長の小早川明子さんのもとに連れてこられました。男性は自分の言い分を聞いて欲しいと今では自分から進んで通っています。

なぜ男性は好意を持った相手に殺意を示すまでにいたったのでしょうか?その経緯を自ら数十枚の報告書に詳細にまとめています。

ストーカー事例①

ストーカー行為の対象は、高校で知り合った女性。きっかけは卒業後にやり取りしたメールでした。男性は誰にも話せていないという仕事の悩みを打ち明けられ、自分は特別視されていると思いました。

しかし「会いたい」と伝えると「そのつもりはない」と断られました。男性は納得できず、何度もメールで理由を問いただしました。拒絶されたと思い悲しみ怒りの感情が出てきたと男性は言います。

メールを繰り返し送る男性に対し、相手の家族は「女性が怯えている」「次は法的措置を取る」と告げてきました。しかし、男性は怒りがわきあがり2人の問題に介入するなと、その後もメールを送り続けました。

そして、殺意をあらわにするほど怒りを増幅させる出来事が起こりました。警察からの警告です。女性との接触を禁じられ、一方的に連絡を遮断されたことで憎しみが抑えきれなくなったと言います。

相手への恋愛感情などは完全に消え、恨みや復讐心が芽生えたそうです。怒りのやり場を失った男性は家で暴れるなど別人のように攻撃的になったと母親は言います。そして男性はついに「殺す」というメールを送り逮捕されました。

ストーカー事例②

都内の会社に勤める20代の女性は、かつての交際相手が拒絶しているにも関わらず電話やメールを何十回も繰り返し、警察から次は逮捕すると2度目の警告を受けています。

女性は「きちんと別れる理由を説明する方が先。私はむしろ被害者なのに。自分が悪いとは思っていない。警察に説明したらどっちが悪いかすぐに分かると思う。自分と一緒にいないことを選ぶのだったら不幸になってほしい」と話していました。

多くのストーカー加害者には、自分は被害者だと思い込む特有の心理が見られますが、自覚がないため行為はエスカレートしていきます。

ストーカー事例③

48歳の男性は、20年間で3人の女性にストーカー行為を繰り返してきました。小早川さんは1ヶ月前から男性のカウンセリングを行っていますが、小早川さんに送った相談のメールに返信が少ないと腹を立てています。

孤独になることを極端に嫌う男性はカウンセリングを始めて以来、小早川さんから連絡が途絶えることを恐れるようになったのです。男性から多い時には1日100通を超えるメールが送られてきます。

男性が初めてストーカー行為に及んだのは20年前。その後も相手をかえて繰り返し、30代の時には逮捕までされました。相手は会社の同僚でした。

交際を断られたにも関わらず諦めきれず付きまとい続けました。接触を拒まれているうちに憎しみが湧き上がってきたと言います。駐車場で包丁を持って待ち伏せしていた男性は、駆けつけた警察官に逮捕されました。

しかし、その後もストーカー行為が止まることはありませんでした。

幼少期の心の傷

小早川さんは、加害者には幼少期に心の傷を負った人が少なくないと言います。

48歳の男性はカウンセリングの中で幼少期の母親による虐待を告白し始めました。子供の頃、男性は家で飼っていた犬を可愛がっていましたが、母親が犬にエサを与えず餓死させたのだと言います。

小早川さんは、幼少期に刻まれた心の傷が男性のストーカー行為に繋がっているのではないかと考えています。男性は過去の体験からくる不安と怒りの感情を抑える訓練を続けることになりました。

世界最前線のストーカー対策

オーストラリアでは、世界に先駆けた取り組みが行われています。10年前、ストーカーなどの問題行動に対応する世界初の専門組織「司法行動科学センター」が設置されました。精神科医や臨床心理士、ソーシャルワーカーなど30人が勤めています。

ストーカー研究の第一人者トロイ・マクエヴァン博士は、これまで500人を超えるストーカーにカウンセリングや薬による治療を行ってきました。現在は、ストーカーの治療にあたる専門家の育成に力を入れています。

センターではストーカーの危険性を見極め、その対応策を示したマニュアルを開発。まず本人から聞き取り調査を実施。被害者との関係、加害行為を始めたきっかけなどからストーカーを分類します。「ふられ型」「恨み型」「親しくなりたい型」「相手にされない求愛型」「略奪型」の5つのタイプごとに危険度の判定法や治療の指針が確立されています。

ストーカーの半数を占めるのが、以前のパートナーを追いかける「ふられ型」です。脅迫や暴行など凶悪化する危険性が高いとされています。

最も繰り返して行われるのは、一瞬にして殺意にまで達する怒りの感情を自分の力で静める訓練です。自分の中に沸きあがった怒りの大きさを温度や言葉に置き換えます。自分を客観的に眺めることで怒りが増幅するのを抑える力を身につけるのです。

日本ではオーストラリアなどを参考に、警察が加害者に治療を促す試みが今年から始まっています。

「NHKスペシャル」
ストーカー殺意の深層

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