医療ビッグデータ 患者を救う大革命|NHKスペシャル

病を予知 幼い命を救え

ビッグデータを使って新たな取り組みを始めた病院が、アメリカ・ロードアイランド州にあります。舞台は生命の危機に瀕した赤ちゃんが入院する新生児集中治療室。小さな体を次に襲う症状をビッグデータを使って予知し命を救おうというのです。

 

スカイラーちゃんは、数ヶ月前まで命の危機に瀕していました。生まれたのは予定日より3ヶ月以上前で、体重は1kg程しかなく自力で呼吸もできない状態でした。医師からは感染症によって命を落とすリスクが高いと告げられました。

 

生まれてすぐスカイラーちゃんは保育器の中で徹底した管理が行われました。しかし、外から細菌やウイルスがわずかでも侵入すれば感染症を引き起こす危険がありました。初期には症状は現れません。細菌が増殖し、気づいた時には手遅れになっていることが多いのです。症状が現れる前に予知できれば命を救えますが、今の医療では難しいと言います。

 

オンタリオ工科大学教授のキャサリン・マクグレゴーさんは、2013年この病院でビッグデータを使った取り組みを始めました。赤ちゃんには心拍や呼吸などのセンサーが取り付けられ、健康状態を示すデータが24時間絶えることなく生み出され続けています。しかし、通常確認されるのは医師や看護師が見回る時のみ。それ以外の時間帯は記録されることなく消えていきます。

 

マクグレゴーさんは巨大なサーバーを用意し、集中治療室にいる赤ちゃんの活動を捉えた全てのデータを24時間記録することにしました。さらに、海外の病院に協力を求め、集中治療室の赤ちゃんのデータを世界中から収集。集まったデータは1000人分になりました。マクグレゴーさんはこの膨大なデータの中から感染症が始まる兆しを見つけようとしました。

 

まず、全データの中から感染症を起こした赤ちゃんのデータを取り出し、感染症が判明した時より前の時間帯のデータに注目。その上で感染症を起こさなかった赤ちゃんと比較し、異なる部分を抜き出しました。共通するパターンがあれば、それが感染症の前兆になると考えたからです。

 

すると、血液中の酸素量を示すデータに酸素濃度が他と比べると長い時間低下している場所があることが分かりました。さらに、心拍のデータでは心臓の働きの低下が同時に起こっていることが分かりました。このパターンが感染症の前兆を示すシグナルだったのです。こうしたパターンが感染症が判明する24時間前から断続的に繰り返されていました。

 

詳しい原因は分かっていませんが、ビッグデータは人の目では読み取ることの出来なかったわずかな異変をとらえていたのです。

 

スカイラーちゃんの容態は一進一退を繰り返していました。抗生物質を投与すべきか、それとも体への負担を考えて投薬を控えるべきか医師の意見は分かれました。そこで担当医はビッグデータの解析をもとに酸素量と心拍のデータを徹底的に観察。すると、あの前兆となるパターンが繰り返されていることが分かったのです。

 

医師は感染が進みつつあると判断し抗生物質を投与。スカイラーちゃんは危機的な状況を脱しました。

 

ビッグデータで感染症を予知し命を守る新たな取り組みは、本格的な導入を目指す臨床試験が2015年から始まります。

 

感染爆発を予知せよ

医療に関するビッグデータには、心電図の他にも血圧や血糖値など様々なデータがあります。さらに、精密検査のCTやMRIなどの画像も貴重なデータです。しかし、それだけではありません。「検索ワード」などもビッグデータになりえるのです。

 

 

ヤフージャパンのサイトを使って行われる検索は1日約2億件。特定のキーワードについて検索が行われた地域の偏りを調べたところ、驚くべきことが分かりました。

 

2012年12月16日、群馬県で「インフルエンザ」という検索ワードに異常な高まりが。この検索の上昇は群馬県で起きたインフルエンザの流行を予知していました。

 

後に分かった実際の患者数は12月16日の時点で1病院あたり6.87人でした。それが2週間後には15.05人にまで急増。県が注意報を発表したのは26日でした。つまり10日も前に流行の兆しを捉えていたのです。

 

全国で調べた所、全ての都道府県で検索の上昇がインフルエンザ流行の兆しをとらえていたことが分かりました。

 

最先端!ビッグデータ病院

済生会熊本病院は、がんや脳梗塞などの治療にビッグデータを活用しています。西畑慶臣さん(63歳)は前立腺がんの手術を受けることになり、手術は無事成功しました。

 

前立腺のがんの手術を受けた患者は2週間以上入院するのが普通です。ところが、西畑さんは1週間で退院することが出来ました。これこそビッグデータによってもたらされた成果の一つです。

 

済生会熊本病院では本人の了解のもと、患者の医療情報を毎日徹底的に記録しています。体温や心拍数からトイレの回数まで、記録する項目は300近くになります。こうしたデータは病院内の巨大なサーバールームで管理されています。年間16万件を超える患者のビッグデータの中に入院期間を短縮させる鍵が秘められていたのです。

 

前立腺がんの場合、手術の後まず安静期間をとります。医師が体温や食事の量などから回復具合を判断しリハビリの開始を指示。日常生活に支障がないと認められれば退院することが出来ます。済生会熊本病院の場合、退院までの平均は2週間でした。ところが、ごく稀に1週間程度で退院する人もいました。なぜ早く退院できる人がいるのか、過去6年分のデータを集め早く退院した人に共通する要素を洗い出しました。

 

医師たちは手術時間の短さや出血量の少なさが決め手になるのではないかと考えていました。しかし、その常識をいったん捨て去り、薬の量、睡眠時間など100の要素と入院期間との関係を分析しました。

 

その結果、早期退院と関係の深い要素が、痛み点滴の期間の短さ食事再開の早さであることが分かりました。痛みの度合いは本人にしか分かりません。患者が痛いと言えばリハビリの開始が遅れ、入院が長引いていました。

 

ビッグデータの解析を受け、済生会熊本病院では痛みの度合いを0~10までの段階で評価することに。そして痛みの評価が3以下になれば退院に向けたリハビリを始めるという目安をもうけました。さらに評価が4以上の場合でも、患者の体調を見ながら薬で痛みをとり積極的にリハビリを始めることにしました。リハビリを早く始めると体力の回復が早まり、早期の退院に繋がることが分かってきました。

 

済生会熊本病院では他の病気の入院期間についても分析しています。例えば、脳梗塞では自力で尿を排出できるかどうかが入院期間に関わっていました。

 

西畑さんは手術の翌日からリハビリを開始し、わずか8日で退院することが出来ました。

 

町ぐるみで「ぜんそく」激減

アメリカ・ケンタッキー州ルイビルではぜんそくの増加が問題になっています。患者の割合は市民の10人に1人。これは全米でも特に高い割合です。

 

喘息はアレルギー物質などを吸い込むことで発作が起きる病気です。発作が起きると空気の通り道である気道が狭くなり呼吸困難に陥ります。薬の吸入などの対応が遅れれば死に至ることもあります。発作を避けるには原因となる物質を避ける必要がありますが、原因物質は人によって様々。原因が分からないケースも多く対策が進んでいません。

 

ミリアム・コールさん(50歳)は6歳の時にぜんそくを発症し、40年以上も悩まされてきました。花粉など原因になりうる物質を避けるよう心がけてきましたが、毎週のように激しい発作に襲われてきました。ところが、最近その状況が大きく変わりました。2013年に臨床試験に参加したところ発作が以前の半分ほどに減ったのです。

 

ルイビル市役所のテッド・スミスさんは、ビッグデータを利用して喘息に悩む人を減らす臨床試験を進めています。スミスさんは元々NASAに勤め、宇宙飛行士の体調に関わるデータを解析し健康管理を行っていました。

 

スミスさんは吸入器にセンサーを導入。患者が吸入器を使うと場所や時間のデータが記録され、そのデータを発作の原因の特定に役立てようというのです。

 

これによりミリアムさんが発作を起こすのは、散歩コースの途中が多いことが分かりました。改めて周囲を確認すると道路を隔てた向こうには乗馬クラブがありました。馬の毛が発作の原因になっていたと初めて分かったのです。

 

臨床試験に参加したのは約300人。発作の起きた場所を特定し、丹念に解析すると、これまで分からなかった様々な喘息の原因が明らかになりました。例えば鳥小屋のある農園、オオブタクサの群落、古い建材を使った建物など。臨床試験に参加した患者それぞれの原因を特定し、それを避けることで発作の回数は激減しました。

 

しかし、発作の原因が全て判明したわけではありません。ルイビル市は患者の発作がなくならない隠れた原因を探ろうとしました。天候や風向きと発作の関係を調べると、南西の風が発作と関係していることが浮かび上がりました。市では街の南西部を中心に大気汚染物質の濃度を調べるセンサーの設置を進めています。

 

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