90年代 セカイの変容~岡崎京子・エヴァンゲリオン・ゲーム~|ニッポン戦後サブカルチャー史

NHK総合テレビの「ニッポン戦後サブカルチャー史」で第8回90年代(1)セカイの変容~岡崎京子・エヴァンゲリオン・ゲーム~が放送されました。1990年、冷戦終結、東西ドイツ統一と世界は安定へ向かうかと思いきや中東では湾岸戦争が勃発。新たな激動の時代に突入しました。一方、日本はバブル最後の狂騒に浮かれ、ほどなくして祭りは終わりを迎えました。街にはアムラーが溢れ携帯電話が必須アイテムに。会社帰りのサラリーマンは格闘ゲームでストレスを発散させていました。

 

90年代 変容するセカイ

1993年「完全自殺マニュアル」という一冊の本が大きな社会現象となりました。様々な自殺の方法を取り上げ論評した書籍です。当時、主に10代から20代の支持を受けて100万部を超えるベストセラーに。青少年への悪影響が懸念される一方、表現の自由も問題に。賛否両論、議論が巻き起こりました。1991年、湾岸戦争が勃発。同じ頃、国内ではバブル崩壊が始まり失業率が上昇。フリーターと呼ばれる人々も増加していきました。新興宗教や自己啓発セミナーにハマる若者たち。ところかまわず地べたに座りこむ「ジベタリアン」が現れ、渋谷の街にはチーマーがたむろしました。自らの下着を売り援助交際に走る女子高生たち。摂食障害や過剰なピアッシングなどもこの頃から急激に増加し社会問題となりました。そしてアート界では「身体とは何か?生とは何か?」を問うような作品が注目されていきました。そんな時代の空気の中、世に出た「完全自殺マニュアル」しかし、著者である鶴見済はあとがきに刺激的なタイトルとは裏腹な「閉塞してどん詰まりの世の中に風穴を開けて風通しを良くして、ちょっとは生きやすくしよう、ってのが本当の狙いだ」とメッセージを記しています。鶴見済と時を同じくして漫画家・岡崎京子が「リバーズ・エッジ」を世に送り出し密かな、しかし熱狂的な支持を得ました。舞台は工業地帯に近い一本の川が流れる郊外の街。物語は主人公の語りで始まります。主人公のハルナは、どことなく生きる実感がわかない気持ちを抱える高校生。一方、同じクラスでみんなからよくイジメられていた山田は同性愛者であることを隠していました。ある時、山田を助けたハルナはその秘密を告げられ、そしてお礼に宝物がある場所に連れていかれました。そこにあったのは人間の死体。ハルナは衝撃を受けるものの、どこか実感が沸きません。「リバーズ・エッジ」の舞台は郊外。90年代は全国で道路建設が進み地方都市でもまるで首都圏のような郊外化が加速していました。どこの街にも道路沿いにはショッピングセンター、コンビニエンスストアなどが立ち並び、共働きの夫婦に塾に通う子供たち。どこにでもいる同じような家族、風景。日常に埋没し自分の存在が希薄化していくような時代の気分。山田はハルナに「死体を見ると勇気が出る」と話しました。やがて学校で川原に埋蔵金があるという噂がたちます。そこで死体が見つからないようにこっそり埋めることに。ある夜、日常に隠されていた歪みが噴出するかのように様々な惨劇が起こります。物語の最後、山田はハルナに「UFOを呼んでみようよ」と言います。しかしUFOは現れませんでした。

 

激動の1995年

サブカルチャーからサブカルへ。同じ価値観を持った者が場を作りジャンル化し内向化したサブカル。そして1995年、その変化を決定付ける大変動が起きました。この年、街にはアムラーが溢れルーズソックスの女子高生たちはゲームセンターで友達と写真を撮るのに夢中でした。一方、男子がこぞって欲しがったのはスニーカー。あまりの人気にスニーカー強盗まで登場。真夜中の秋葉原には新型OSの発売を待ちわびる長い行列が。パソコン時代の幕開けでした。そして、日本の戦後史を揺るがす大災害、大事件が立て続けに起こりました。阪神淡路大震災は最大震度7、死者数6434人。大規模地震は戦後、高度経済成長によって生まれた都市を崩壊させました。そして地下鉄サリン事件はオウム真理教が起こした大規模無差別テロです。朝の通勤ラッシュ時、首都圏の地下鉄を狙って毒ガス・サリンがまかれました。この事件を契機に駅のホームからはごみ箱が撤去され、繁華街には監視カメラも設置されるようになり日本人の安全への意識も変わりました。1995年は日本の雇用のあり方の転換期でもありました。日経連は不況に対応するためとして新時代の日本的経営を発表。雇用の流動化が推進されました。終身雇用などの日本的雇用システムが崩れ始め、グローバルスタンダードの時代へ。就職氷河期の若者たちにさらに打撃を与えました。

 

テレビアニメ界でも革命的な作品が生まれました。「新世紀エヴァンゲリオン」です。西暦2015年、使徒と呼ばれる正体不明の生命体が次々と日本を襲います。ネルフ司令官・碇ゲンドウは使徒の殲滅を任されていました。ゲンドウの息子である碇シンジは14歳の少年。ある日突然エヴァンゲリオン初号機のパイロットになることを命じられます。戦うことに逡巡する主人公に正体や目的が分からない敵。思想や心理学の要素が絡み合いながら謎が謎を呼んでいくストーリーが展開されます。そして主人公の心象世界を抽象的に表現してアニメは終わりを迎えます。謎めいた結末に放送終了後も注目が集まり続けました。雑誌の特集や謎解き本が出版され社会学者や心理学者も注目。一部のアニメファンを超え社会現象を巻き起こしました。日本を揺るがすような大災害・大事件が起きた1995年は、新たな表現の始まりの年でもあったのです。

 

90年代 ゲーム革命!

1995年、OSの新バージョンの発表でパソコンが急速に普及。コンピューターを介した世界との新たな関わり方が生まれつつありました。テレビで報じられる湾岸戦争の映像は「まるでゲーム」と評され海外メディアは「Nintendo War」なる造語を生みました。バブル崩壊後もゲームは不況知らず。90年代の日本では世界最強の輸出品と評されていました。1993年、ゲームの世界に革命をもたらしゲームセンターで大ブームとなったのが「バーチャファイター」です。世界初とうたわれる3DCGによる対戦型格闘ゲームです。週末夜、サラリーマンたちは虚構の対戦相手に熱狂しました。開発者は体感型ゲームのパイオニアとして知られるゲーム作家・鈴木裕(すずきゆう)さん。それまでの格闘ゲームといえば2Dの平面的でぎこちない動きでした。しかしバーチャファイターは3Dの息遣いを感じさせるようなリアルな動きを実現。リアルさを追求した鈴木裕さんは自ら中国に行き、達人から拳法を伝授してもらったと言います。3D世界での格闘はプレイヤー達の身体感覚までも変化させていました。さらにバーチャファイターの醍醐味はゲームセンターで見ず知らずの人と対戦すること。向かい合ったゲーム機を挟み、お互いの顔は見えない状態で戦い合うのです。コンピューター画面という仮想空間を通して感じる対戦相手の気配。これまでにない新たな臨場感が人気に拍車をかけました。各地のゲームセンターでは伝説のゲーマーが誕生。ゲーム世界での最強のプレイヤーたちが現実世界でもスターになっていきました。ついには約5万人の頂点を決める全国大会が開かれゲームキャラクターのコスプレが流行。ゲーム世界にとどまらない広がりを見せました。現在このゲームシリーズはスミソニアン博物館に永久保存されています。ゲームが一つの歴史になったのです。

 

そして1996年、携帯ゲーム機が子供たちの間にコミュニケーション革命をもたらしました。「ポケットモンスター」はモンスターを収集し戦わせるロールプレイングゲーム。シリーズ総売り上げは1億8000万本以上。アニメ化もされ現在も世界中で愛されています。「ポケットモンスター」が画期的だったのはモンスターの交換。プレイヤー同士がゲーム機を接続する通信ケーブルに繋ぎ、モンスターを交換しあう仕組みです。このことによって携帯ゲーム機が子供たちを繋ぐコミュニケーションのアイテムになったのです。

 

一方、当時は文字画面がメインだったパソコンでのコミュニケーションも1994年、画面上に見たこともないような空間が現れました。伝説のバーチャル都市タイガーマウンテンです。テキスト中心だった電子掲示板を都市としてビジュアル化。時代を先取りしました。利用者は住民登録すると都市の中に入り込むことが出来ました。そこには公共施設や美術館、店舗などがあり、まるでここで実際に生活するかのような感覚が得られました。

 

90年代、バブル崩壊、日本の戦後史を揺るがす大災害・大事件の数々。様々な出来事が世相に影を落とし人々の意識にも大きな変化をもたらしていました。しかし、後に「失われた10年」と呼ばれたこの時代にサブカルはもう一つの世界でたくましく想像力を蓄えていたのです。