X JAPANのToshI(トシ)12年間の洗脳の裏側|金スマ

TBSテレビの「中居正広の金曜日のスマたちへ」でXJAPANのToshI(トシ)さんの洗脳騒動の裏側について放送されました。1990年代、日本の音楽シーンを席捲したX JAPAN(エックス・ジャパン)CDの総売り上げは2100万枚を記録し、国民的人気ロックバンドでした。しかし、歯車が狂い始めたのはToshI(トシ)さんが受けた洗脳からでした。人気絶頂のさなか、ToshIさんが突然の脱退。バンドを解散に追い込みました。

 

ToshI(トシ)さんは1965年10月、千葉県で生まれました。3人兄弟の末っ子として育ったToshI(トシ)さんは兄と比較されコンプレックスの塊だったと言います。そして幼稚園からの幼馴染であるYOSHIKI(ヨシキ)さんらと共に高校時代に「X(エックス)」を結成。1989年にメジャーデビューを果たすとビジュアル系の奇抜なルックスと過激な音楽性で若者の熱狂的な支持を獲得し、1992年には日本人初の東京ドーム3日間連続公演を果たしXJAPANは人気絶頂に。そんな最中、27歳の時にToshI(トシ)さんはソロ活動をスタート。それに伴い個人事務所を設立し、3人兄弟の一番上の兄を社長にすえました。しかし、兄は自分が有名人にでもなったかのような態度をとり、社長業を疎かにしてToshI(トシ)さんのギャラで遊ぶように。その額は莫大なものとなりエックス・ジャパンにも多大な迷惑をかけているということで社長を解任しました。さらに母はエックス・ジャパンのファンを千葉の自宅に招きいれToshI(トシ)さんやYOSHIKIさんの幼い頃の写真やビデオを無断で見せていました。それでファンからお金を貰ったことがあるという噂を耳にしました。さらに1993年に兄にかわり信用できる友人に事務所の社長を頼んだものの、金銭トラブルが発生。誰もが羨む成功が彼にもたらしたものは家族や友人という最も身近な人々への人間不信でした。大きな失望を抱えToshIさんの心は孤独でした。そして、ある人物との出会いから彼の人生は大きく変わっていくことに。

 

1993年5月、ToshIさんが主役をつとめるロックオペラ「ハムレット」のヒロイン役を決めるオーディションでのこと。ToshIさんはある女性が目にとまりました。彼女(K)はToshIさんの恋人役として共演することが決まり、舞台での共演後も友人としての関係が続きました。そして共演から半年後の1994年秋、ロサンゼルスから帰国したToshIさんはKと再会。Kは大粒の涙をためながら優しい言葉をかけてきたと言います。さらに直筆のメッセージ入りの短冊を100本ほど渡してきました。それは孤独にあえぐToshIさんの心に染み渡り、2人は交際をスタート。そして1995年、X JAPANは世界進出を目指し、リーダーのYOSHIKI(ヨシキ)さんから英語で歌うためのネイティブな発音やより高い表現力を要求されるように。思い悩むToshIさんにKは「ありのままのトシさんでいいんだよ。いろんな装飾を身にまとうことは心を重くするだけだよ。メイクも金髪もいらないじゃない」と語りかけてきました。そして1996年の全国ツアーではKに言われるがまま黒髪にジャケットでメイクもなしにステージに立ちました。そしてKとの出会いから3年が経った1996年冬、Kは自分が好きだというCDをかけ「もうXなんてやめていいんだよ。あんな家族とも縁を切ればいい。これからは真に人の心を癒せるようなこんな曲を歌えばいいじゃない。お母さんもお兄さんもヨシキさんも周りの人みんなトシさんのこと都合の良いように利用してきただけでしょ。もうそんなのに振り回されるのやめようよ」と感情的に言ってきました。後に分かったことですが、KがかけていたCDは洗脳団体の主催者が作った曲でした。そんなことには全く気づかないままToshIさんにとってKだけが信じられる存在になっていきました。

 

そして1997年2月、ToshIさんはKと結婚。結婚から2ヵ月後には幼馴染でありバンドのリーダーでもあるYOSHIKI(ヨシキ)さんに妻の希望でもあったX JAPANを脱退することを告げました。ヨシキさんは意外にもあっさりと受け入れてくれたと言います。しかし、他のメンバーはそうはいきませんでした。特にギターのHIDE(ヒデ)さんとは分かり合えないままToshIさんはエックス・ジャパンを脱退してしまいました。こうして家族、バンドという最も身近な人たち全てと関係を断絶することになり、その後12年間の洗脳の日々に入っていくのです。

 

X JAPAN脱退から4ヵ月後、ToshIさんは妻Kに誘われ都内にある洋館を訪れました。建物の地下室で特別なコンサートが開かれるというのです。姿を現したのは40歳くらいの男性。自称ミュージシャンで団体主催者のMです。やがて男は歌いだし、客たちは一様に泣き始めたと言います。ToshI(トシ)さんは変だなと思ったものの、妻も泣いていたため自分が変なのかなと思ってしまったそうです。コンサートは1時間半で終了し、Mに会うため2階へ通されました。そこでMは「これからは癒しの時代がやってくる。本質的なことをやれば多くの人を感動させることができる。地球に貢献できる。本質的なものだけを作り、それが分かる人たちだけに売る。それだけで十分豊かになるんです」と持論を展開。そんなMにToshIさんは不思議とひきこまれていったと言います。そして数日後、セミナーの説明会が行われるという連絡が入りました。しかし、その日ToshIさんは風邪を引き高熱に苦しんでいました。それにも関わらず妻は「ダメよ行かなきゃ。あなたが本当に生まれ変わろうとするのを、あなたのエゴが怖がって本質に向かわせないようにしているのよ。それに負けないで行こう」と無理やり連れていきました。セミナーの参加費は1人7万円。妻の分も含めた14万円を支払ったのです。そしてMが主催する3日間の自己啓発セミナーに初めて参加。そこでは純粋な心を取り戻し、幸せになるためには自分の醜い部分を認め罵倒と暴力を受け入れることが必要といわれ、その逆に甘美な救いの言葉を与えられ、逃げ出したいと考えたことすら悪であり、まだ心の修行が足りないせいだと思い込むように。こうしてToshIさんはセミナーに通い続け洗脳されました。

 

セミナーの受講料は1回数十万円以上もしました。しかしMから「お前のように自我が強い人間が使うお金は地球を破壊するものだ。しかし私のように自我が薄い人間が使えば地球に貢献する美しいものを提供できる」と言われお金を払い続けたそうです。そしてToshIさんは月に数百万円あった収入と、エックス・ジャパン時代にためていた数千万円の貯えを全てセミナーにつぎこみ妻Kとの結婚からわずか10ヶ月で所持金が底をついてしまいました。そんな中むかえた1997年12月31日、X JAPANのラストライブ。ToshIさんの脱退によりX JAPANは15年の歴史に幕を閉じました。

 

1998年5月2日、元X JAPANメンバーのhideさんが突然死去。告別式が行われた築地本願寺には2万人のファンが殺到。パニック状態となり救急車で運ばれる人まで出る事態に。もちろんToshIさんも葬儀に参列。「Forever Love」を歌いhideさんに別れを告げました。しかしhideさんの死を知った日もMに「ここを離れて一歩でも外に出たら、あいつと同じ目にあうんだよ」と言われました。1998年9月、ToshIさんがある活動に溺れているという記事が掲載され洗脳騒動が巻き起こりました。ToshIさんは当時事務所社長だった2番目の兄が洗脳騒動をしかけ自分をつぶそうとしていると思い、洗脳されたと報じた記事に真っ向から反論。さらにMと妻Kと共にテレビの生放送に出演。そんな姿にファンからは「戻ってこい」という声が掛けられました。この騒動に対し妻Kから「Mが命がけで助けてくれても、お前は恩を仇で返す最悪な化け物なんだよ。せめてお金だけでも稼いでMに使ってもらって、そのくらいしかもう貢献できないだろ」と言われたそうです。そんなToshIさんにMが課したトレーニングは、MのCDや商品を販売するというもの。時にはX JAPANのToshIとバレないようにCDショップに飛び込み営業をすることも。それは彼に与えられた屈辱的な行為でした。さらに、自らアポをとり全国各地の商業施設でのライブ活動、ドサ回りをしました。曲はMが作詞・作曲したもの。ToshIさんは曲に感動し涙を流しながら歌うこともあったと言います。その会場でMのCDも販売。2年回で500回以上も行い、売り上げは数千万円以上になったといいます。その売り上げは事務所の取締役に就任した妻Kが管理。ToshIさんに入ってくるのは最低限の生活費だけでした。さらに所有するX JAPAN時代の愛用品を売り払い全てのお金を団体に捧げていました。そんな生活を送っている一方で、妻Kは主催者Mとの集団生活を送っていました。しかし2004年4月、団体施設で児童が虐待を受けている疑いがあるとして児童相談所に保護されるというニュースが流れました。さらに被害者が団体施設に対し、2000万円の損害賠償請求を求める裁判などが提訴されましたが、ToshIさんは団体施設側についていました。

 

しかし2006年9月、Mを初めて疑うきっかけが訪れました。それはX JAPNの再結成の話を持ちかけられたことをMに話し、その契約金が3億円だと知ったMが再結成を促してきたことでした。それまで罵声と暴力で「X JAPANは悪の権化」と信じ込まされてきたToshIさんにとってはMが乗り気なのが理解できませんでした。結局は金なのかとMを初めて疑うことになったのです。そして2007年10月、X JAPANは再結成を果たしました。東京ドームでの復活公演や初の海外コンサートなども開催。しかし、3億円だけでなくToshIさんに舞い込むX JAPANの再結成に関する大金は全て妻Kを介しMの手に渡り、ToshIさんは1日500円の生活費で出来合いのおにぎりを食べて暮らしていたと言います。しかし、彼らの要求がとどまることはありませんでした。やっとの思いで500万円を用意し妻Kに渡したものの「こんなんじゃ全然足りないんだよ。お前のせいでみんながどれだけつらい思いしてると思ってんだ、このアゴ男」と罵られたと言います。この時、ようやく抑圧されていた無意識の感情がふきだし妻Kへ初めて反抗しました。しかし、妻に反抗したことは激しい罵倒と暴力となって返ってきました。意識が朦朧とする中でToshIさんはついに逃亡を決意しました。

 

そして2009年7月7日、YOSHIKIさんからのオファーを受け、都内のスタジオで新曲のレコーディングをすることになった時に逃亡することにしました。実は数日間、決死の覚悟で妻Kからの電話を無視し行方をくらませていました。妻Kからの着信画面を見るだけで吐き気をもよおすほどの恐ろしさだったと言います。しかし、スタジオの前には鬼の形相の妻Kが立っていました。レコーディングが終わると団体幹部も待ち伏せしており車で連れ去られ3~4時間に及ぶ暴力を受けました。

 

2009年10月、一人で続けていたドサ回りでのレストランでToshIさんは倒れてしまいました。病院に運んでくれたのはイベントに呼んでくれた会社の社長・三上さん(仮名)でした。そして三上さんの知人の警察関係者の家でかくまってもらえることに。ようやく逃亡に成功したのです。そして2009年10月26日、Mと妻Kと団体に対し決別の意を述べる文書を送りました。その後、ToshIさんらの調べによると、妻Kに任せていた個人や会社の数億円の税金の未納、借金未払い、健康保険の滞納が発覚。12年間で奪われた金額は10億円以上だったと言います。そして2010年2月、妻Kとの離婚を成立させ、4月23日に団体側から申し入れがあり全ての裁判で被害者側の勝訴的和解が成立しました。同月、ToshIさんの破産管財人が主催者Mや元妻K、団体への損害賠償請求の裁判を起こし記者会見も行いました。そして2014年6月、ToshIさんの破産をめぐる裁判も和解となりました。

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