ジョンベネ殺害事件 20年目の真実|アンビリバボー

フジテレビの「奇跡体験!アンビリバボー」でジョンベネ殺害事件20年目の真実が放送されました。美少女コンテストの女王ジョンベネ・ラムジーは20年前のクリスマスに、わずか6歳で殺害されました。事件は全米だけでなく日本でも大きく報道されましたが、いまだに犯人は捕まっていません。

 

1996年12月26日午前5時52分、911通報が響きました。通報してきたのは大富豪の妻パッツィ。ジョンベネちゃんの父ジョンはコンピューター関連会社の社長をつとめていましたが、その年間売上高は10億ドルという莫大なものでした。通報から8分後、訪れた捜査官に両親は娘が誘拐されるまでの状況を語りました。

前日の夜、一家は両親の友人の家のクリスマスパーティーに参加しました。帰りの車の中でジョンベネちゃん(6歳)は眠ってしまいました。そのため父ジョンが娘を2階のベッドまで運びました。また9歳の兄バークも帰宅後すぐにベッドに入りました。両親も3階の寝室で眠りにつきました。翌朝、母パッツィが2階へ向かう途中、階段に脅迫状が置いてあるのを発見しました。犯人はジョンベネちゃんを誘拐したことを告げ、身代金を要求していました。パッツィはすぐに娘の部屋に確認に行きましたが、部屋に娘の姿はありませんでした。ジョンは脅迫状を確認するとパッツィに911通報をさせました。犯人は中庭に面した地下室の窓から侵入したと思われました。実は、4ヶ月前にジョンが家のカギをなくし地下室の窓を割って中に入っていたのです。その後、人目につかなかったため修理していませんでした。また、屋敷には防犯システムが設置してありましたが事件の夜、ジョンはスイッチを入れるのを忘れていました。そのため、地下の窓から侵入した犯人に気づくことが出来なかったのです。

脅迫状には身代金の受け渡し方法について「改めて連絡する」と記されていました。パッツィは心細かったのか友人たちを呼び寄せ、一緒に電話を待ちました。しかし、昼をすぎても犯人から電話はかかってきませんでした。捜査官は父親のジョンに念のため家の中をチェックしてみて欲しいと依頼しました。ジョンは友人と一緒に家の中のチェックを始めました。地下フロアの一番奥にあるワイン貯蔵室に白い毛布にくるまれたジョンベネちゃんの遺体がありました。すでに死後硬直がすすんでいました。口には粘着テープが貼られ、首には絞殺に使ったと思われる紐がまかれていました。しめつけやすくしたのか紐の端には木片が結ばれていました。また、頭部を激しく殴られたのか頭蓋骨が大きく割れていました。誘拐事件の捜査は、殺人事件の捜査へと切り替えられました。

凶器の可能性が高いと考えられたのはキッチンにあった懐中電灯でした。

「懐中電灯と頭部の傷は形が似ていました。また、おかしなことに表面には指紋が一つもなかったんです」(ジャーナリストのラリー・シラー氏)

しかし、殺害現場を特定することはできませんでした。そんな中、いくつかの証拠品から極めて重要な事実が判明しました。首に巻かれた紐に結び付けられていた木片は、絵筆を折ったものだったのです。さらに、キッチン近くのテーブルに置かれたレポート用紙の破りとられた部分と脅迫状の破り取った部分が一致しました。つまり、脅迫状は屋敷にあったレポート用紙を使って書かれていたのです。また、電話のそばで発見されたペンには珍しいタイプのインクが使われていましたが、分析の結果脅迫状のインクと一致。犯人が使用したものと断定されました。当時、FBIのプロファイラーは脅迫状の異様さについて次のように述べていました。

「普通では考えられない。犯人は用意した脅迫状を残してすぐに出ていくものだ」(FBIプロファイラー グレッグ・O・マクラリー氏)

3枚にもわたる脅迫状を外から侵入した犯人が、現場にあったレポート用紙とペンを使い時間をかけて書くことなどありえないのではないか。つまり、脅迫状を書いたのは家の中の人間に違いないと捜査当局は睨んだのです。さらにジョンベネちゃんの検視結果から容疑者が絞り込まれました。

「頭部への打撃はとても強力でした。非常に大きな力です。骨折は鼻筋から後頭部にまで及んでいました」(病理学者ワーナー・スピッツ博士)

打撃を与えたのは体力のある大人である可能性が強く、ジョンベネちゃんの下半身に性的虐待を受けたようなかすり傷があることも判明しました。ジョンに疑惑の目が向けられることになったのです。

 

ジョンベネちゃんの口に貼られていた粘着テープには、様々な繊維が付着していましたが、事件当時パッツィが着ていた赤いセーターの繊維が混じっていました。母親が娘の口に粘着テープを貼った可能性が浮かび上がりました。脅迫状の筆跡鑑定も行われました。ジョンとは筆跡とは完全に違うとされましたが、パッツィが書いた可能性は否定されませんでした。

 

こうした証拠から捜査当局は、ジョンベネちゃんの両親を容疑者リストの筆頭にあると発表しました。マスコミは大富豪の父親が娘におぞましい虐待をしていたのではないかとこぞって書きたてました。捜査当局から容疑者扱いされた両親は、一流の弁護士チームを雇って捜査に協力を拒否。さらに、マスコミの前で会見を行いました。

 

捜査当局には両親逮捕に繋がる徹底的証拠としてジョンベネちゃんが着ていた衣類に付着していた血痕に注目していました。しかし、当時の技術では血痕が誰のものか判定することはできませんでした。そこで捜査官たちは他の有力な手がかりを見つけることに全力を上げました。すると、パッツィの911通報の音声の中に思いがけない秘密が隠されていたことが判明しました。パッツィが話を終えた後、受話器を置く位置がズレたのか、わずかの間家の中の様子が録音されていたのです。何が話されているのかは不明でしたが、電話の向こう側に3人の人物がいることが分かったのです。パッツィとジョンの他にいたと考えられるのは兄バークです。しかし、パッツィは通報の時バークは2階で寝ていたと断言しています。検視の結果、ジョンベネちゃんは亡くなる直前にパイナップルを食べていたことが判明しましたが、キッチンに置かれていたパイナップルが置かれたボールからバークの指紋も発見されました。前日参加したパーティーではパイナップルはでていませんでした。つまり、事件の夜バークはずっと寝ていたのではなくジョンベネちゃんと一緒にいてパイナップルを食べていた可能性があるのです。

 

捜査当局は一家の世話をしていた家政婦を訪ねました。事件直後、警察が撮影した写真を見せ、変わったところがないかチェックしてもらったのです。すると、ジョンベネちゃんのベッドのシーツが家政婦がベッドメイクした時のものと違っていることに気づきました。家政婦によるとジョンベネちゃんがおねしょをした時だけ娘のシーツをパッツィが変えることがあったと言います。さらに家政婦によるとパッツィはおねしょが直らない娘に対し怒りをぶつけるようなことがあったと言います。

 

両親は事件は全て外部の人間によるものだと主張しました。実は、両親の主張を裏付ける証拠も存在しました。犯行に使用された粘着テープと紐については屋敷に同じものはなく、両親が購入した裏付けも取れませんでした。以来、捜査は行き詰まり月日ばかりが流れていきました。そして2006年、パッツィは亡くなりました。

 

2008年、ジョンベネちゃんの衣類に付着した犯人のものと思われるDNAの鑑定に成功。実は付着した血痕はジョンベネちゃんのものであることが判明しましたが、捜査当局は犯人の体液なども衣類のどこかに付着しているはずだと考え徹底的に分析しました。すると、ズボンから不審なDNAの採取に成功。鑑定の結果、それは正体不明の男性のものでありジョンたち一家のものではありませんでした。捜査当局はジョンたち一家に正式に謝罪し、容疑者から外すことを約束しました。そして捜査の主力は見つかったDNAと一致する人物を特定することに注がれました。しかし、一致する人物は見つかりませんでした。そして事件から20年の月日が流れました。

 

「20年目の今年、事件に大きな影響を及ぼす文書が流出しました」(ジャーナリストのラリー・シラー氏)

それはDNA鑑定の文書でした。捜査当局はこの鑑定書を根拠に、犯人と思われる男性のDNAが見つかったというような内容の手紙をジョンに書いていました。しかし、事実は全く異なっていたのです。実際の鑑定書には「残されていたDNAは独りのものだと判断されるべきではない」と記されていたのです。このとき捜査当局が行ったのはタッチDNAという最新の鑑定技術。指先など人の皮膚が触れたものには微細な細胞が付着することがあります。タッチDNAはこの微量の細胞からDNAを採取して鑑定する精度の高い技術でした。大勢の人が触れたものには沢山のDNAが付着する可能性があります。しかも洗濯しても残っている可能性もあり、新品の衣類でも工場の製造過程や包装のさいに触れた作業員のDNAが付着し検出される可能性もあると言います。つまり、鑑定によって犯人のDNAが検出されたわけではなかったのです。しかし、捜査当局はなぜかこの鑑定書を根拠に一家を容疑者から外す約束をしていたのです。

「当時の検察が一家を潔白とした理由は明らかになっていません。ですが、これは潔白を証明していません」(ジャーナリストのラリー・シラー氏)

現在の新しい捜査責任者は「誰でも公平に容疑者と見なす」という立場を表明しました。一方、潔白とされたことが事実上白紙になったことについて父親のジョンは「事件について話すことはもうない」と沈黙したと言います。

 

外部の犯人が外から持ち込んだとみられていた粘着テープと紐ですが、パッツィは絵を描くことに熱心でキャンバスを購入する時に2~3枚まとめて買っていました。そして、地下フロアにはキャンバスとその包装紙がありました。ということはパッツィが買ったキャンバスを包装し、止めるためのテープと縛って持ちやすくするための紐があったのではないかと推理したのです。捜査当局はパッツィがキャンバスを買っていた店を調べてみました。すると、テープと紐はその店が包装に使っていたものと一致しました。犯行に使われた粘着テープと紐も家の中にあったのです。

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