アイスロード 世界一長い氷の道|地球イチバン

NHK総合テレビの「地球イチバン」で世界一長い氷の道アイスロードが放送されました。カナダ極北に作られる世界一長い氷の道「アイスロード」は1年で最も寒い3ヶ月だけ現れます。ノースウエスト準州の州都イエローナイフを基点に作られるアイスロードは総延長2000km。世界一長い氷の道です。

 

氷の道は滑って怖そうですが氷点下30℃以下になるとスリップの原因となる水の膜はできません。つまり滑りにくいのです。このアイスロードは大きく2つの分けられます。鉱山の輸送路と先住民の村々と街を結ぶ生活道です。しかし、それは冬の3ヶ月以外は存在しません。なぜなら冬が終わるとこの地域は広大な湿地帯に姿を変えてしまうからです、無数の湖や沼が道路の建設を阻みます。街と村を普段繋いでいるのは12人乗りのプロペラ機です。運賃は片道220ドルします。

 

ワティ村はイエローナイフから北西200kmの位置にあります。ワティ村の村民は約500人で、1万年前からこの地に住み始めた先住民の子孫トリチョ族が暮らしています。カリブーはこの地域に多く生息する野生のトナカイです。自給自足で暮らしてきたトリチョ族の大切な食糧です。狩で仕留めたカリブーは大きな冷蔵庫に保存し、村人同士で分け合って食べるのが伝統的な暮らしの名残です。

「アイスロードの開通はみんな楽しみにしているよ。道があるうちに保存できるものを1年分買ってためておくんだ」

ワティ村にあるお店は1軒のスーパーだけです。レストランも娯楽施設もありません。商品は全てプロペラ機で空輸されるため物価はイエローナイフより3~5割も高めです。飛行機の欠航が続くと食料はたちまち底をつきます。それでも1つしかないお店はいつも大繁盛です。

 

ワティ村から最寄りの高速道路まで作るアイスロードは全長103km。ジョージ・ニチザさんはワティ村で生まれ育ったアイスロードの建設作業員です。アイスロードの建設中の一番の危険は氷が割れることです。急激な温度変化や重機の振動によってできる氷の割れ目が原因です。過去には作業員が亡くなる事故も起こりました。アイスロードの建設に欠かせないのがスノーキャットという重機です。スノーキャットで氷の上へ最初の道筋をつけます。そして氷に穴を開け氷の厚さを計ります。アイスロード開通の条件とされる氷の厚さは60cmです。開けた穴はあっという間に凍り始めます。氷の厚さが条件を満たした場所から500m先まで重機で道を伸ばし、そこでまた氷の厚さをチェック。この作業を延々と繰り返します。

 

ワティ村はお酒を飲むことができません。1800年代初めに入植者が持ち込んだ酒で先住民の間で中毒者が続出したからです。この苦い経験を経て1990年からワティ村ではアルコールが禁止されました。村の公民館ではハンドゲームが行われています。ハンドゲームはお酒を飲まないトリチョ族に伝わる伝統的な遊びです。2つのチームに分かれ片方のチーム全員が左右どちらかの手におはじきを隠します。それを相手チームがどちらの手に持っているかを推理。当てられた人は脱落します。これを両チーム交互に繰り返します。参加できるのは男性だけです。ハンドゲームは1000年以上前から続いていると言われています。トリチョ族の人々は長い間このハンドゲームで土地や食料の分配を決めていました。狩りで獲物を見つけるのがうまい人はハンドゲームも強いのだそうです。かつては狩りで暮らしていた人々。リーダーには鋭い勘と洞察力が求められました。

 

トリチョ族は元々は1つの家族から始まったと言われています。約200年前、いくつかの家族が食料を求め新たな土地に移り住みました。そうして出来たのがワティ村をはじめとする6つの村です。道がない暮らしでは一度離れ離れになった人々は会う機会が少なくなっていきました。そんな中1896年にノースウエスト準州で有望な金の鉱脈が発見されました。鉱山を開発する物資を運ぶためにアイスロードが作り出されました。その実用性が認められアイスロードはトリチョ族の村々と街をも繋ぐようになったのです。村には物資が届き、かつてはなかった電気が通されました。そして学校や病院も作られるようになりました。アイスロードができる前、トリチョ族の人々はどんな暮らしをしていたのでしょうか?

 

今でも村のかつての暮らしを大切にしている人がいます。ワティ村で生まれ育ったジョセフ・ムーズノースさんです。ジョセフさんは現在60歳。7歳の時から祖父ジミーさんに育てられ昔ながらのトリチョ族の生活を送りました。この村で結婚し44歳の時に鉱山に職を見つけました。生活は豊かになりましたが、一度鉱山にいくと最低2週間ときには3週間家に帰れません。

「最初の何年かは嫌だったさ。でも家族のために稼がなけらばいけない。だから続けたんだ。8回のクリスマス、8回の誕生日と新年を鉱山で過ごしたよ。でも5年続けてようやく慣れた」

そして6人の娘に2人の息子、8人の子供はみんな成人しました。特に可愛がって育てたのが末っ子のアランくん(20歳)です。去年高校を卒業しましたが就職も進学もせず村にとどまっています。いわゆるニートです。「大学で地質学の勉強をしたいんだけど・・・」というアランくん。隔絶した先住民の村では都会の暮らしに踏み出せない若者が少なくありません。

ジョセフさんは「大きな家に大きなテレビ欲しいものは全部手に入る。でも昔の人々がどう暮らしていたかを忘れてはいけないんだ」と言います。それでも鉱山で働くジョセフさんは、もう伝統を守るだけでは生きていけないことを知っています。

「アイスロードが開通したらみんな町に出たがるんだ。息子にも外の世界を見てほしい」

 

ジョセフさんの家に小さな変化がありました。息子のアランくんがイエローナイフに行きたいと言い出したのです。街に出たのは1年ぶり。向かったのは本屋でした。

「本が買えてうれしい。この本で勉強を始めるよ。大学へ行って地質学を勉強しようと思うんだ」

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