600人のユダヤ人 ソビブル収容所からの大脱出作戦|世界まる見え!

日本テレビの「世界まる見え!テレビ特捜部」で600人のユダヤ人収容所から大脱出作戦が放送されました。ナチスが占領するポーランドにあったソビブル収容所は、劣悪な環境の中でユダヤ人労働者や将校たちの衣服や家具などを作らされていました。しかし逃げ出すことはできませんでした。何十にも張り巡らされた鉄条網とナチ親衛隊の将校20人と約100人の兵士が目を光らせていたからです。もしこれらをうまくすり抜けたとしても周囲には数多くの地雷が埋められていました。それでも脱走を試みる者もいました。しかし鬼軍曹として恐れられたカール・フレンツェルに捕えられると、たまたま10番目に並んでいただけの労働者を脱走者と一緒に処刑しました。自分が脱走すれば他の誰かが巻き添えになるとして、脱走を封じました。さらにカール・フレンツェルは働きの悪い者は容赦なく殺したと言います。そんな過酷な収容所の中でもユダヤ人労働者のセルマ・エンゲルは恋に落ちました。

 

そんなある日、彼らはナチ親衛隊から到着した列車の中を片づけるよう命令されました。そこには無残に銃殺された大量の遺体が。そして、その遺品を片づけているとメモを発見しました。それは他のユダヤ人に向けた遺書でした。メモには「我々はベウジジェツの収容所から来た労働者だ。ナチスの連中は我々をソビブルに移動させると言ったがやはりうそだった。君たちもまもなく殺されるだろう。我々のようにだまされるな」と書かれていました。この内容にソビブルでユダヤ人たちのリーダー的存在だったレオン・フェルトヘントラー戦慄しました。さらにナチの兵士から衝撃的な情報を入手。なんと1か月後の1月15日にソビブルのユダヤ人600人全員が処刑されるというのです。

 

処刑が3週間後にせまった1943年9月23日、彼らに思わぬチャンスが巡ってきました。ソビブル収容所に捕虜としてユダヤ系ロシア人兵士たちが連行されてきたのです。彼らは幾多の戦場を生き抜いてきた戦闘のプロフェッショナルです。リーダーのレオン・フェルトヘントラーはロシア兵を束ねるアレクサンドル・ペチェルスキー大尉に協力をあおぎました。ペチェルスキー大尉を中心としたロシア兵たちは作業をこなしながら警備の穴を探りました。ナチの将校たちは毎日いくつかある工房を訪れ労働者に家具や衣服を作らせていたのですが、それぞれ訪れる工房と時間が決まっていることが分かりました。作戦は決まった時間にやってくる将校たちを一人ずつ殺害していくというもの。しかも1時間のうちにできる限り多く殺害。さらに送電線や電話線を切って援軍の到着を遅らせます。混乱に乗じて600人で一気に森へと逃げ込むのです。工房では密かに斧やナイフなどの武器を作りきたるべき日に備えました。

 

1943年10月14日、午後4時に作戦が開始されました。最初の一人が時間通り工房に現れました。注文してあったコートの試着にやってきたのです。彼は殺害されました。しばらくすると別の将校が別の工房にできあがったブーツを受け取りに来て殺されました。これと並行し送電線や電話線を切っていきました。作戦は順調に進んでいるかに思われましたが、一人の青年が怖気づき将校殺害の任務を投げ出したのです。代わりに名乗り出たのはセルマ・エンゲルの恋人のハイムでした。そして午後5時、隠していたナチ将校の遺体が見つかってしまいました。すぐにサイレンが鳴り響きました。そして600人は一斉に鉄条網に殺到。これから先は作戦など存在しません。運を天に任せとにかく逃げるのです。しかし逃げ惑う労働者に容赦ない銃撃が浴びせられました。結局、ドイツ兵の執拗な追跡によって最後まで逃げ切れたのは50人でした。ユダヤ人のリーダーだったレオン・フェルトヘントラーとロシア兵のリーダーだったペチェルスキー大尉はそれぞれ脱出に成功しました。そしてセルマとその恋人ハイムも脱出に成功。二人は結婚しました。2003年、ハイムが亡くなるまで2人は仲睦ましく暮らしました。しかし多くのユダヤ人が殺されてしまいました。今でもソビブルでは犠牲となった人々をしのび祈りが捧げられています。

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