モネ 傑作10選|日曜美術館

NHK・Eテレの「日曜美術館」で夢のモネ傑作10選が放送されました。

 

印象、日の出

そのタイトルから印象派という言葉が生まれた歴史的にも名高い作品です。描かれているのは北フランスの港町の朝。うつろいゆく太陽の光が当たって赤く輝く水面を船が進んでいきます。素早い筆使いで瑞々しい気配まで見事にとらえた一枚です。クロード・モネが「印象、日の出」を描いたのは32歳の時。まだ公募展で落選を繰り返す売れない画家でした。モネは画家仲間と共に独自の展覧会を企画。そこで初めて「印象、日の出」を発表しました。作品はたちまち大きな驚きをもたらしました。絵具の質感が分かるほど筆あとがハッキリと残されています。そしてまるでスケッチのような大胆なタッチ。当時、未完成と誤解されるほどでした。「印象、日の出」はモネの定宿だったホテルの窓から見た景色と言われています。頭の中で出来上がった構図をもとに一気に描き上げていきました。

 

サン=ラザール駅(1877)

パリ市内のターミナル駅。蒸気機関車からたちのぼる煙に光が降り注いでいます。モネはその明暗をコントラストを用いてうつしとっています。19世紀、産業革命が進み新しい街へと生まれ変わろうとするパリ。ガラスばりの屋根をもつサン=ラザール駅は近代都市を代表する建物でした。この頃、パリからフランス各地へと鉄道網が整備されていきます。休日、都市の人々は鉄道に乗って気軽に郊外へ出かけるようになりました。

 

ラ・グルヌイエール

セーヌ川沿いの長閑な行楽地を描いたのが「ラ・グルヌイエール」です。水面にうつる光をモネはコントラストを強調して表しています。最新のファッションを身にまとい水辺でのピクニックを楽しむ人々。若い頃のモネにとって光はかつてない活気に満ちた都市の輝きを象徴するものでした。この延長線上にあるのが「積みわら」です。

 

積みわら

画面の奥には眩しい程の光に包まれた積みわら。モネはあえて手前に日陰の部分を描いています。家畜のエサとなる干し草に寄りかかるのは都会からやってきた親子。都市の人々が楽しむ長閑な休日を表す光のコントラストです。

 

ジヴェルニーの積みわら、夕日

ここには人の姿はありません。モネは「ジヴェルニーの積みわら、夕日」を境に人物を一切描かなくなりました。光の描き方にも変化が。コントラストは用いず、わずかに異なる色を隣合わせ光の微妙な表情を出しています。さらにモネは同じ風景を繰り返し絵にしました。朝と昼、夏と冬、時間帯や季節を変え描きわける連作という創作スタイルで生きているかのような光を追い求めたのです。

 

ロンドン、国会議事堂

一見すると都市を礼賛する風景ですが、もはやコントラストは用いられず光の描写は繊細です。都市を照らす光にも命を生み出す力があるとモネは語りかけています。

 

モネは43歳の時にジヴェルニーに移り住みました。生命の根源に目覚めたモネはジヴェルニーで自然の手触りを徹底的に追い求めていきました。睡蓮の池を自ら庭に作り、柳がしなだれる水辺に毎日のように立ち200点以上にもおよぶ作品を描きました。

 

睡蓮の池、緑の調和

画面の中央には日本風の橋。その下に睡蓮が咲き誇ります。緑一色の世界にひそむ微妙な光の表情をとらえています。やがてモネの視線に変化があらわれました。

 

睡蓮(1898)

ひたすら見つめたのは睡蓮の花が浮かぶ水面です。そこにはモネのさらなる境地が隠されていると言います。

 

睡蓮(1903)

やがてモネは水そのものへの関心を強めていきます。この絵の大半は水鏡です。絵の主役だった睡蓮は脇役に。描き方も簡単なものになっていきます。

 

睡蓮(1917-1919)

モネは白内障を患い失明の危機に直面しました。それでも絵筆を持ち続けたモネ。その葛藤の中で生まれたのが「睡蓮」(1917-1919)です。もはや画面にはハッキリとした形はなく色と絵筆のタッチだけが蠢いています。

タグ:

コメントをどうぞ

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。コメントは管理人の承認後に表示されますのでしばらくお待ち下さい(スパム対策)