フルート ~笛は世につれ500年~|ららら♪クラシック

NHK・Eテレの「ららら♪クラシック」で楽器特集フルートが放送されました。

 

陰翳礼讃 バロック・フルートの魅力

横笛の起源は謎に包まれていますが、3000年前にはアジアのあちこちで演奏されていたと言います。ヨーロッパに登場したのは約500年前のこと。木製で継ぎ目もないシンプルな楽器でした。実は当時フルートと言えば笛の仲間全てをさす言葉でした。横笛を他と区別する時には横フルート「フラウト・トラヴェルソ」という名前で呼びました。17世紀末、フラウト・トラヴェルソの大ブームがやってきました。その頃ヨーロッパはバロック時代。音楽は大きなコンサートホールではなく王宮や貴族の館で演奏されるものでした。王侯貴族たちはお抱えの楽師に演奏させたり、時には自分たちでも合奏を楽しんだりしました。そのために音の大きな楽器は必要なかったのです。その代わり、演奏者の吹き方に応じて音量や音色が繊細に変化する楽器が求められたのです。フラウト・トラヴェルソはまさにピッタリでした。音量は小さいものの息の当て方や指づかいで明るくよく通る音から、暗くくぐもった音まで音色が多彩に変化するからです。木でできた素朴な楽器のニュアンス豊かな音にヨーロッパ中の王侯貴族たちが夢中になりました。特に有名なのがプロイセン国王フリードリヒ2世です。子供の頃からフラウト・トラヴェルソの魅力にとりつかれ自ら演奏や作曲をしました。絶対的な権力を手にし「大王」と呼ばれるようになってからも毎日4時間の練習を欠かさなかったと言います。宮廷にはフラウト・トラヴェルソの名士をはじめ大勢の音楽家がつかえました。バッハも晩年にフリードリヒ2世を訪ね、曲を捧げています。この頃から大勢の作曲家がフラウト・トラヴェルソのために曲をかくようになりました。そしてフルートという言葉だけで木製の横笛を指すようになったのです。

 

進歩と発展の時代のフルート

バロック時代のフルートブームから100年、ヨーロッパは「進歩と発展」が合言葉の産業革命の時代になっていました。フルートを愛した王侯貴族たちは権力を失い工場主や銀行家といった市民たちが世の中を動かし始めました。そんな時代の真っただ中、ドイツのミュンヘンに登場したのがテオバルト・ベーム。金細工師の家に生まれ育った腕利きの職人でしたが、幼い頃から音楽が大好きでした。昼間は金細工の仕事をしながら、夜はオペラ劇場でフルートを演奏していました。手先が器用なテオバルト・ベームは自分のフルートを自分で作っていました。やがて自宅に工房を作り弟子をとって本格的に楽器製造をスタートさせました。理想のフルートを作るためテオバルト・ベームは地元の大学教授から最新の音響学を学び実験を繰り返しました。この時代、演奏会場は宮殿から広いコンサートホールに移り、聴衆は繊細さよりも力強く派手な音楽を求めるようになりました。テオバルト・ベームが目指したのはそんな時代にマッチしたどんな調でも均質でなめらかな大きな音の出るフルートでした。テオバルト・ベームは穴の位置や大きさをかえた管を作り何百通りものパターンを試しました。こうして導きだした理想の穴の大きさは管の直径の4分の3という巨大なものでした。穴の数も今までの楽器では足りないことが分かりました。人間の指よりも大きく数も多い穴をふさぐにはどうすればいいのか、テオバルト・ベームはまず蓋のようなもので穴を塞ぎました。そして複数のフタを部品で連動させたのです。こうしれば10本の指で沢山の穴を塞ぐことが出来ます。そしてテオバルト・ベームはそれまで木で作るのが当たり前だったフルートを銀で作ることにしました。木は手入れが良くないと簡単に割れたりゆがんだりしてしまうのが弱点でした。テオバルト・ベームが目指した理想のフルートは誰が吹いても均質な音がする楽器。ガラスや陶磁器などあらゆる素材で実験し、頑丈で取り扱いがラクな材料を探しました。その結果、溶かしたり伸ばしたりして材質を均一に整えることのできる金属が一番適していたのです。ついにテオバルト・ベームは理想のフルート「1847年型ベーム式フルート」を完成させました。音が大きくよくとおるこのフルートはオーケストラの中でも他の楽器に埋もれることがありませんでした。作曲家たちはますますフルートの出番を増やし華やかなメロディを担当させるように。こうして金属製のフルートは優雅で軽やかなイメージとともに世界中に広まったのです。

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