レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」|美の巨人たち

テレビ東京の「美の巨人たち」でレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」について放送されました。ウフィッツィ美術館の1階の第79室にレオナルド・ダ・ヴィンチが20歳の頃に描いた「受胎告知」は飾られています。縦98cm、横217cm、ポプラの板に描かれた油絵です。「受胎告知」は大天使ガブリエルがやがて聖母になるマリアにイエスを身ごもったことを告げる有名な場面です。右側の聖母マリアはゆったりとした衣装を身に着け椅子らしきものに座っています。少し右に向けた顔は表情がよくわかる4分の3正面観です。書見台の上の旧約聖書に右手を置いています。左側に描かれた大天使ガブリエルは片膝をつき、ユリの花を携え二本の指先を立てた右手はマリアに向けられています。二人の間には遥かな風景が描かれています。海辺にそびえる切り立った高い山です。

 

聖書の中の受胎告知の場面では聖母マリアと大天使ガブリエルとの間に「マリア恐れることはない。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子といわれる」「どうしてそのようなことがありましょうか。私は男の人を知りませんのに」という会話が交わされました。この有名な場面をレオナルド・ダ・ヴィンチはどう描いたのでしょうか?

 

レオナルド・ダ・ヴィンチが故郷のヴィンチ村からフィレンツェにやってきたのは14歳の時です。父親のつてによりヴェロッキオの工房に入った彼は非凡な才能で頭角をあらわしていきました。この早熟の天才が20歳の頃に描いたのがデビュー作「受胎告知」なのです。

 

「受胎告知」は多くの画家たちが手掛けています。フラ・アンジェリコやフィリッポ・リッピら当代きっての画家が神秘の奇跡にせまりました。巨匠サンドロ・ボッティチェリも「受胎告知」を描いていますが、レオナルド・ダ・ヴィンチは強い違和感を抱き「大天使はまるで憎むべき敵であるかのように荒々しい身振りで追い立てている。聖母は聖母で絶望のあまり窓から身投げせんばかりの有様だった」と記しています。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」は静けさに満ちています。派手な演出を拒否しているのです。ところが、その描写は尋常ではありません。マリアの足元のテラコッタのタイルは素焼き特有の微細な粗や砂粒までもが描いてあるのです。レオナルド・ダ・ヴィンチは圧倒的な表現力で細部の一つ一つを描きあげていきました。さらに大天使の羽の表現。従来の羽は黄金や七色のデフォルメされたものでした。しかしレオナルド・ダ・ヴィンチが描いたのは本物の鳥の羽。あくまでも見たものを自然のままに描いています。レオナルド・ダ・ヴィンチは同時代の他の画家たちとは違い自然に対して強い関心を抱いていました。美しさや表面的なことばかりではなく生態的な側面も捉えようとしていたのです。

 

しかし書見台とマリアの位置が離れすぎているため腕が長く見えます。さらに建物の側面の奥行が不自然に短く、角度も直角でないように見えます。これはどういうことなのでしょうか?実は「受胎告知」は正面からではなく右下から見ることを前提にして描かれているのです。「受胎告知」はかつてベッロスグアルドの聖バルトロメオ修道院が所有し、その聖具室に飾られていました。修道士たちがこの部屋に入ってきたとき、絵は右下から仰ぎ見ることになります。今日の芸術作品もかつては祈りの対象でした。だから見上げるように描かれているのです。右下から見ることでマリアの腕の長さや建物側面の短さ、角度などの違和感は解消されます。

 

自然を厳しく観察したレオナルド・ダ・ヴィンチが独自に生み出した技法が空気遠近法です。遠くのものは青味をおび霞がかったように描くというものです。「受胎告知」の背後の山々や風景は霞がかったように薄っすらと青みをおびています。レオナルド・ダ・ヴィンチの空気遠近法は「受胎告知」を描いた時、すでに完成していたのです。

 

「受胎告知」の遠近法の線が一点に集中する場所は高い山です。山はイエスを表しています。というのは山はこの世で何よりも高く神聖な存在であるイエスと同じとされているからです。古代キリスト教最大の神学者アウグスティヌスは、その書物の中で神が山に語り掛けた言葉を「汝は我が愛する息子 我が喜びの息子よ 山はまさしくイエス・キリストそのものである」と記しています。レオナルド・ダ・ヴィンチはやがて産まれくるイエスの姿を山の姿に託して描いていたのです。

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