ゴヤ「村の結婚式」|美の巨人たち

テレビ東京の「美の巨人たち」でゴヤの「村の結婚式」について放送されました。フランシスコ・デ・ゴヤは首席宮廷画家として絢爛たる王宮の世界を描き、強烈な美意識で絵画に革命を起こした天才画家です。「村の結婚式」はカルトンとして描かれた縦269cm、横396cmの油絵です。背景は抜けるような青空。どっしりとした石造りの橋が描かれています。奇妙なのは橋を渡らず橋の下を歩いている人々、結婚式の参列者です。先導するのはラッパを吹く若者。中央に描かれているのは若く美しい花嫁ですが、感情を押し殺したようにかたい表情で歩いています。その後ろにいるのが花婿。赤い豪華な衣装から資産家に見えますが、お世辞にもハンサムとは言えません。

 

初期のゴヤは王宮を飾るタピストリーのために多くのカルトンを描いています。その技を磨くことによって宮廷画家へとのぼりつめていったのです。その最後のカルトンが「村の結婚式」です。果たしてゴヤは「村の結婚式」で何を描いたのでしょうか。

 

ゴヤがスペイン王宮の首席宮廷画家となったのは1799年、53歳の時です。アラゴン地方の貧しい村で職人の子として生まれたゴヤが収入と名声が約束された宮廷画家になることは容易いことではありませんでした。その足がかりとなったのは宮廷を飾るタピストリーの原画であるカルトンの制作です。タピストリーは石造りの殺風景な宮殿の壁を彩る手織り布です。ゴヤは63点ものカルトンを描いています。王族たちは普段決して交わることのない庶民たちの生活を知るために作らせました。

 

「村の結婚式」は国王カルロス4世が「田舎のおどけたテーマで描け」と命じた作品の一つです。中年の醜くグロテスクな男と若くて美しいけれど貧しい女性との不釣合いな組み合わせは確かに笑いを誘ったことでしょう。しかしこの絵にはそれだけではなく風刺や道徳的な教訓も含まれています。ゴヤは笑いを通して理不尽な社会状況を訴えようとしたのです。ゴヤはこの欺瞞に満ちた結婚を強烈な風刺を交えながら描きました。それだけではありません。当時のスペインでは結婚にまつわる古い因習が残っていたと言われています。それは初夜権という中世から続く慣わしです。結婚式の夜、封建領主が花嫁と初夜を共にする権利です。領主は土地の所有者であり、その土地に暮らす人々も所有物と見なしていたため「村の結婚式」の花嫁の身にもそういうことが行われたと暗に示されているのです。ゴヤは宮殿を飾るタペストリーの絵柄におぞましいまでの結婚の現実を描いていたのです。

 

エル・エスコリアル宮はスペイン王室の夏の離宮として使われていた宮殿です。「村の結婚式」もエスコリアル宮内にあるカルロス4世の執務室を飾るタピストリーの原画として描かれました。一説によればこの絵の舞台はエスコリアル宮の建物から着想を得たと言われています。「村の結婚式」の中で王室批判として解釈される部分はアーチ状の橋です。タピストリーの置かれるエスコリアル宮を暗示しているのです。絵画が示しているのは王宮の古い世界であり、ゴヤはその世界の消滅の目撃者なのです。ゴヤの目と筆は容赦なく暴いてしまったのです。この世界の欺瞞と人間の愚かさを。

 

若き日のゴヤはタピストリーの原画を63枚描きました。その最後に描いたのが「村の結婚式」です。群衆の中に子供時代の自画像を描いた時、大いなる変貌を遂げたのかもしれません。

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