石坂典子 リサイクル100%へ!産廃を宝にする女社長|夢の扉+

TBSテレビの「夢の扉+」でリサイクル100%へ!産廃を宝にする女社長について放送されました。90年代後半、産廃銀座と呼ばれた埼玉県くぬぎ山周辺は焼却処理で出されるダイオキシンが問題となりました。住民たちの抗議もあり産廃業者は次々に廃業。けれど石坂典子さんは違っていました。父から事業を受け継いだ石坂典子さんは住民との共存を目指し焼却処分を一切やめリサイクルに乗り出しました。あらゆる廃棄物を徹底的に分別し、そのリサイクル率は国内トップクラスの97%を誇ります。

 

石坂産業が扱うのは建物を壊した時に出る土砂や瓦礫。木材やコンクリートの他、プラスチックや金属も混じっています。この廃棄物を様々な方法で分別。まずは手作業で大きなゴミを丁寧によりわけます。次に強力な磁石を使い鉄くずを取り出します。残ったゴミは細かく砕き大きさをそろえ、ファンで風を送り軽い紙や木屑などは遠くへ飛ばし重い物は手前に落としていきます。こうした工程を何度も繰り返し廃棄物を徹底的に分別するのです。石坂産業のリサイクル率は97%にもなります。捨てるだけだった廃棄物から暮らしに役立つ様々な製品が作られます。そのリサイクル技術を頼り1日に300台ものトラックがやってきます。父親から工業を受け継いだ石坂典子さんは10年以上かけて焼却場をリサイクル工場へと生まれ変わらせたのです。目標はリサイクル率100%です。

 

石坂典子さんの夢はネイリストだったと言います。高校卒業後、アメリカに渡り資格を取得。その後、ネイルサロンの開業資金を貯めるため父の工場で働き始めました。ところが、ダイオキシンによる環境汚染が問題にあがりました。埼玉県の農家の損害額は約3億円にもなり、産廃業者に対して反対運動が起こりました。ちょうどその頃、石坂典子さんの父は15億円をかけて新しい焼却炉を設置したばかりでした。ダイオキシンを出さない最新式でしたが多くの住民には納得してもらえませんでした。石坂産業には差別的な貼り紙も貼られました。理解を得るには焼却をやめるしかありませんでしたが、15億円もかけてダイオキシンの出ないものにしたばかりで迷う父に石坂典子さんは「私に社長をやらせてほしい」と言いました。父を説得し30歳で社長となった石坂典子さんは大金を投じた焼却炉を撤去し、廃棄物のリサイクルへと大きく舵を切りました。その断行についていけず4割もの社員が会社を去りました。それでも石坂典子さんは意思を貫きました。銀行から40億円を借り、全ての工程を屋内で行えるよう工場をリニューアル。リプリンクラーで粉塵が舞うのをおさえる工夫もしました。事業が軌道に乗り始めた頃、視察に訪れた主婦に「だいぶ改善されたみたいね。でも私はあなたの会社を認めない」と言われてしまいました。石坂典子さんのそれまでの努力は理解されなかったのです。

 

石坂典子さんは今、処理できずに最後に残ったパウダー状の土砂の分別を進めています。この中からミリ単位の木クズ、紙クズを取り出しリサイクル率100%を目指しているのです。5%以上異物を含む土砂は廃棄しなければなりませんが、それを取り除けば建物の基礎工事などに再利用できます。値段は通常の6分の1程になり埋め立て処分を減らすことが出来ます。開発を進めているのが静電気を使った異物除去装置。穴の開いた板の上にゴミの混じった土砂を置き上から静電気を起こします。板を振動させると軽い紙くずや木クズは静電気の力で板にとどまり重い土砂は下に落ちるという仕掛けです。石坂典子さんは3年以内の実用化を目指しています。