ドミニク・アングルの「泉」|美の巨人たち

テレビ東京の「美の巨人たち」でドミニク・アングルの「泉」について放送されました。泉に注ぐ泡の上に立つ少女。スベスベとした肌は磨き上げられた大理石のようです。肌の白さが温かみよりも冷たい印象を与えています。そして薄暗い森でなぜか彼女の周りだけが柔らかな光に包まれています。一見しただけではこの裸婦像は官能的には見えません。

 

ドミニク・アングルは世間から非難されようと己の目に絶対の自信を持ち独自の美の世界を追求し続けてきました。それなのに70代で描いた「泉」にはアングルのトレードマークともいうべき極端なデフォルメがなぜか使われていません。しかもリアルな表現で描かれているのはまだあどけなさの残る少女です。

 

ドミニク・アングルの「ヴィーナスの誕生」と「泉」は構図もサイズも非常によく似ています。実は「ヴィーナスの誕生」を40年かけて描いている途中で「泉」にもとりかかっていたのです。これほど似ている作品をなぜ同時に描いていたのでしょうか。

 

ドミニク・アングルは1780年、フランス南西部の田舎町モントーバンに生まれました。幼い頃から絵を描くことにおいては怖ろしく早熟だったと言います。17歳でパリに出た後は当時の若手画家たちがみな目標としていた新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドのアトリエに入門。21歳の時に描いた「アキレウスの陣営を訪れるアガメムノンの使者たち」で国から奨学金を得たアングルは憧れのイタリアへ。そこで出会ったのが14世紀から16世紀にかけてイタリアで大きく花開いたルネサンス芸術でした。古代ギリシャやローマの文化復興を掲げながらも、その様式にとどまらない多彩な表現、創造する喜びに溢れた自由な精神に若きアングルはただ圧倒されたのです。早く自分もルネサンス芸術家たちの様に理想とする美を追求したいとの願望から取り掛かったのが「ヴィーナスの誕生」でした。しかしアングルは「ヴィーナスの誕生」が完成しないうちに「泉」を描き始めました。

 

「泉」でアングルが描きたかったのはヴィーナスのような神話の女神ではなく生きている人間です。そのためデフォルメではなく正確なデッサンで皮膚の下の筋肉の緊張まで伝わるよう完璧に描き上げました。また裸体画の集大成ともいえる「泉」でアングルが伝えたかったのは清純な乙女の中に潜む欲望エロティシズムだと言います。つまり単にリアルな肉体を追求したのではなく、それによって70代のアングルが若い女性の隠れた欲望を描き出したというのです。

 

「泉」が描かれた19世紀は様々矛盾を抱えながらもフランスが劇的に変化していった時代です。美術の世界にも革命家たちが次々登場しました。そうした新たな勢力に70代のアングルは果敢に挑みました。

 

アングルによって見る側の視線は「泉」の少女の足先へ吸い寄せられると言います。冷たそうな皮膚の下から微かに伝わってくるリアルな緊張感に目が釘づけになってしまうのです。まだ硬さの残る幼い腰骨から胸へと続く緩やかな曲線を辿っていくと少女の頬がうっすらと紅潮しているのが分かります。視線の誘導によってアングルが伝えていたのは少女の中にある官能の目覚めです。最初に見た時は気づかないからこそドキッとするのです。それがアングルの求めた究極のエロティシズムなのです。