予言者ノストラダムスの謎 秘密の生涯に迫る|幻解!超常ファイル

NHK総合テレビの「幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー」で予言者ノストラダムスの謎(1)秘密の生涯に迫るが放送されました。1503年にノストラダムス、本名ミシェル・ド・ノートルダムはフランスで生まれました。父方は商人の家系で、ミシェルは頭が良く大学で自然科学や文学を学びました。20代の時に8年に渡りフランス各地を放浪し医師として活躍。当時、数多くの死者を出していたペストの治療を行ったと言います。30代まで医者として活躍したノストラダムスは40代になると占星術師の仕事に力を注ぎ始めました。占星術は太陽や月、惑星の位置や動きから人間や世の中の今後を読み解く技術。16世紀には医学と占星術は密接な関係がありました。人間の体のバランスは星からの影響で決まると考えられていたのです。そのため、星や惑星の位置から何の病気なのかを診断し治療の時期や方法を判断していたのです。ノストラダムスが出版した暦「アルマナック」は農作業や生活の予定を決める実用書として庶民に重宝されました。月の満ち欠けを占星術で占い、種撒きや収穫の時期、天候、宗教行事などが分かるようになっています。アルマナックでノストラダムスは日付の横に「霧が出る」「誰か死にかける」「医者にかかりお風呂に入るのがよい」など小さなメモを記しています。このように地道な医者けん占星術師だったノストラダムスですが、40代後半にこのスタイルにちょっとした工夫を加えたことが彼の未来を劇的に変えました。それぞれの月初めに月ごとの占いを少し長い文章で書いてみたのです。

 

「8月、並外れた豪雨によって家畜の価格は適正になり女たちは死の危険から逃れる。しかし一方、雹や雷雨によって人々は打ちのめされ死によって真剣に働くようになるだろう」など。これまでの日常の一言占いから近い将来に起きる運命的な出来事の予測へ。短い読み物としてもドラマチックな文章は読者の心をつかみ大成功をおさめました。そして51歳の時、アルマナックで成功した手法をもとに画期的な本の執筆にとりかかりました。1555年に「ミシェル・ノストラダムス師の予言集」が出版されました。四行の詩でえがかれた予言100編を1巻にまとめ、最終的に10巻1000編近くの予言が発表されました。その四行詩の多くは禍々しい災害や戦争、社会を襲う大変動のイメージで描かれています。ほとんどは年月も具体性もなく、どうにでも解釈できる書き方をしています。その抽象的な内容にも関わらず予言集は半世紀で30版まで出る大ヒット作となりました。

 

ノストラダムスの予言詩の特徴は読者の恐怖をあおる単語が頻繁に使われていることです。1000近い詩の中で、「戦」が107編に「血」は115編に「死」は153編にも登場します。ほかにも怪物や飢饉、ペストなど禍々しい単語が多いのです。この恐ろしい単語と抽象的な内容という手法は人類滅亡の予言と騒がれた詩でも意外な効果をあらわしました。

 

「1999年7の月 空から恐怖の大王が来るだろう アンゴルモアの大王を蘇らせ マルスの前後に幸運に支配するために」

 

実際に使われている恐ろしい言葉は「恐怖の大王」ぐらいで「幸運」という言葉が使われているなど、他の四行詩に比べれば穏やかです。また「アンゴルモアの大王」というのは地元フランス人が聞けば実在の地名である「アングーモア」や「アングレーム」を指し、恐怖の大王とは無関係だとすぐに分かります。フランス人にとっては人類滅亡とは関係ない実在の王様について詠った詩です。しかし外国人にとっては「恐怖の大王」と結びついて恐ろしげに聞こえてしまうのです。

 

またノストラダムスの予言集の大ヒットには時代背景も大きく関係しています。当時はイタリアを中心に人間の英知が再び花開き始めたルネサンスの時代。しかし、その影で世の中には恐怖がうごめいていました。伝染病の流行や飢饉が相次ぎ、領土や宗教をめぐる戦乱が各地で激しさを増していました。しかも東からはイスラム教のオスマン帝国が地中海沿いに勢力を広げ、ノストラダムスがいた南フランスは深刻な不安で覆われていました。ノストラダムスの詩が人々の心をつかんだのには、こうした世相が大きな影響を与えていたのです。