テオティワカン遺跡 謎の古代ピラミッドの地下トンネル|NHKスペシャル

NHK総合テレビの「NHKスペシャル」で謎の古代ピラミッド~発掘・メキシコ地下トンネル~が放送されました。メキシコの首都メキシコシティから北東に約40kmの所に世界遺産テオティワカン遺跡はあります。テオティワカンは1世紀頃、中央アメリカのほぼ中心に興った古代都市。東ではマヤ文明が栄えていた時代です。最盛期の人口は15万とも言われ、当時ローマと並ぶ世界屈指の大都市でした。南北を貫く大通りには3つの巨大ピラミッドが配置されています。正面に位置するのは最も古い時代に建てられた「月のピラミッド」、その手前には世界最大規模の「太陽のピラミッド」があります。そして大きな広場の中に建つのが「ケツァルコアトルのピラミッド」です。神々の石造が至る所にあるため特別な場所だったと考えられています。これらのピラミッドには大きな謎があります。誰が何のために作ったのか全く分かっていないのです。その謎が解けるかもしれないと期待されているのが、現在進められている古代トンネルの発掘です。発掘はメキシコの国家プロジェクトとして行われ、考古学者セルヒオ・ゴメスさんが率いています。古代トンネルはひょんなきっかけで見つかりました。2003年の大雨の後、地面に深い穴がぽっかりと口を開けていたのです。ロボットを使った調査などで土砂に埋まったトンネルの存在が判明。2009年から本格的な発掘調査が始まり巨大な地下空間の詳細が次第に明らかになりつつあります。最初の竪穴が開いていたのはピラミッドの目の前。深さは約15m。周囲を調べると出入り口に使ったと見られる大きな穴が見つかりました。そこから古代トンネルがピラミッドに向かって真っ直ぐ伸びていたのです。トンネルは1800年もの間、誰も足を踏み入れた形跡がないと言います。トンネルは入り口から103m掘り進んだ地点で終わっています。それは十字架のような形をした不思議な空間でした。精密な測量を行った結果、十字に交差している地点はピラミッドの中心の真下でした。トンネルの十字とピラミットの頂点がほぼ一致する驚くべき正確さで作られていたのです。誰が一体何のためにトンネルを作ったのでしょうか?

 

何のために造られた?巨大ピラミッドの秘密

謎に包まれた古代遺跡テオティワカンは、これまでも様々な角度から研究が行われてきました。3つのピラミッドのうち現在発掘が進むケツァルコアトルのピラミッド以外の2つの成り立ちについては、ある仮説が発表され大きな注目を集めています。30年以上前からテオティワカンの調査を続けている考古学者の杉山三郎博士は、町の構造から2つのピラミッドの謎を解き明かそうとしてきました。杉山博士の調査によると、かつて町は約5km四方に広がっていて、大通り沿いの建物は赤く塗られ方向を厳密にそろえて配置されていたことが分かっています。整然と並んだピラミッドの上には神殿が建ち、郊外に住んでいた人たちを集めて儀式が行われていたと考えられています。2つのピラミッドの配置には不思議な仕掛けがあることが知られています。1年に2回、ピラミッドの西の正面に太陽が沈むのは4月29日と8月12日。それは雨期と乾期が始まるタイミングにピタリと一致するのです。杉山博士は2つのピラミッドを詳細に調べた結果、他にも雨期と乾期を示す仕組みがあることを突き止めました。測量によって当時の長さの単位を割り出し、ピラミッドを測ると月のピラミッドの一辺は105単位、太陽のピラミッドは260単位でした。これは雨期と乾期の日数と一致していたのです。トウモロコシの栽培で暮らしていたテオティワカンの古代人にとって種蒔きの時期を決める雨期と乾期の始まりを知ることは極めて重要なことでした。杉山博士は2つのピラミッドはこうした情報を伝える暦だったのではないかと考えています。さらに最も古い月のピラミッドについて杉山博士はテオティワカンの起源に関わる事実を発見しました。ピラミッドの内部から別のピラミッドの一部を見つけたのです。初めから巨大なピラミッドが造られたのではなく、最初は小さなものが作られ7回の増築を繰り返し300年かけて大きくなっていたのです。最初のピラミッドが建てられたのは1世紀頃。調査の結果、周りに町が作られるより前に造られていたことが判明しました。

 

文明はなぜ生まれた?古代のミステリー

古代文明の象徴と言われる巨大ピラミッド。エジプトなどのいわゆる四大文明では、まず大きな川の側の肥沃な土地に人々が定住し、同時に農業が始まったとされています。人口が増え町ができ、そこに権力者・王が生まれます。その権威の象徴としてピラミッドが造られたと考えられてきました。社会が成熟し文明が生まれた結果として巨大な建造物が造られたという説です。しかし杉山博士が唱えたテオティワカンの仮説は全く異なります。まず最初に暦などの役割を持ったピラミッドが造られ、人々がそれに引き寄せられるように集まり町が大きくなって文明が発達したというのです。こうした四大文明とは異なる文明誕生のパターンは今、世界各地で発見されています。3000年前のペルー・パコパンパ遺跡は都市が生まれる前に巨大な神殿が造られていたことが分かっています。1万年以上前のトルコ・ギョベックリ・テペ遺跡は農業すら始まっていなかった時代に大規模な建造物が造られていました。こうした新しい文明発達の形はなぜ生まれたのでしょうか?ケンブリッジ大学のコリン・レンフルー博士は脳科学や心理学を使って人の心から文明の発達を解き明かす認知考古学の第一人者です。テオティワンの始まりは自然の仕組みを知りたいという人々の欲求、そこから文明が始まったのだとレンフルー博士は考えています。

 

2014年3月、トンネルの発掘現場で動きがありました。トンネルの先端で石造が発見されたのです。石造は緑色の滑らかな石で出来ていました。緑は神聖な場所に使われる色だと分かっています。これは重要なものがある証拠だと言います。

 

幻の王はいるのか?

テオティワカンを生み出したのは一体何者だったのでしょうか?エジプト文明のような強い権力を持つ王だとすれば、どこかに墓があるはずです。しかしいまだに見つかっていません。残された石造や壁画にも王の姿が見当たらないことから、王はいなかったと考える研究者もいます。リンダ・マンサニージャ博士は一人の王ではなく集団で統治していたと考えています。一方、杉山博士は王は存在したと主張しています。ただし、その権力の源は四大文明のような富ではなく、ピラミッドへの信仰そのものだったのではないかと考えています。

 

2014年7月、古代トンネルで朽ちた木箱が出土しました。木箱の中には重要な人が眠っている可能性がありましたが、火葬されていた可能性もあります。テオティワカンでは火葬の習慣があったことが分かっていて、特に身分の高い人はその可能性が高まるからです。木箱の分析の結果、木箱の底から何かを燃やした灰が見つかりました。もし火葬された遺灰だとすればピラミッドの地下に葬られた重要人物のものである可能性が高まります。

 

古代トンネルでは地質調査によって地下15m付近にはかつて水の層があり、地下水が湧き出していたことが分かりました。当時トンネルの一部は地下水で満たされた池のようだったとゴメスさんは考えています。その側で大量のホラ貝も見つかりました。水と貝は何を意味するのでしょうか?さらに地下トンネルからゴムボールが発掘されました。メキシコでは古代から伝わるペロータというゴムボールを使ったゲームがあります。その起源は太陽に祈りを捧げる儀式だと言われています。ボールは太陽の象徴。それを打ち合い的に当て点数を競います。負けた人々は生贄として太陽に捧げられる決まりでした。出土したゴムボールはペロータで使われたボール、つまり太陽の象徴ではないかと考えられるのです。太陽の象徴と思われるボールと水がはられていた古代トンネルと海から運ばれたほら貝。ゴメスさんには一つ思い当たるものがありました。神殿に残されていたテオティワカンの人々の世界観を表した壁画です。その中に山の中腹から水が溢れ出し地下世界に繋がっている絵がありました。この地に伝わる神話では地下には水で満たされ死者が住む冥界があると言います。そこは同時に沈んだ太陽が蘇る再生の場だと信じられていました。太陽を崇める習わしは、この土地に最も根付いている信仰です。沈んだ太陽が再び昇ってくるよう、古代から人々は祈ってきました。ゴメスさんは一つの仮説に辿り着きました。古代トンネルはピラミッドから見ると真っ直ぐ西へ伸びています。大地に沈む太陽はトンネルの入り口から地下世界に入り冥界を通って蘇りピラミッドの頂上から再び姿を現す。トンネルとピラミッドは一体となって太陽再生の物語を語るための壮大な装置だったという仮説です。